甘き音色の中で



「諸葛亮殿、聡明な貴方ならきっと気付いておられるかと思いますが…今の私は、悠生殿のことしか考えられないのです」

「趙雲殿ほどのお方が…、長坂の英雄の言葉にしては、あまりにも…」

「情けないと思われましょうが、どうかご理解願います。雲緑殿への返事は、近いうちに必ず…」


肩を落とす諸葛亮の気持ちは分からなくもないが、こればかりは譲れなかった。
いくら諸葛亮であっても、恋仲である悠生への想いを否定される筋合いは無い。
趙雲が考えを変える気はないと判断した諸葛亮は、何か考えを巡らすようにして、ふっと息を漏らした。


「悠生殿は、趙雲殿がいつまでも妻帯を持たぬせいで、ご自分を責めてしまうでしょう」

「そのようなこと…」

「無い、と言い切れますか?ただでさえ、貴方達の仲は公のものとなっているのです。情人を持つなとは言いませんが、少しは周囲の目も気にするべきでしょう。増してや、悠生殿にかけられた嫌疑が完全に消えた訳ではないのですから」


心なしか説教めいた諸葛亮の言葉に、趙雲はいつもの冷静さを保つことさえ困難になる。
身元や生い立ちを語らない悠生を、最も疑っていたのは諸葛亮である。
遠呂智との戦いの中で、悠生の姉が世に選ばれた奏者であることが分かった。
悠生の謎は深まったものの、だからと言って悠生を危険視する必要は無いだろう。
現に趙雲は、悠生に命懸けで救われた。
少しでも疚しい心を持っていたのなら、敵の前に飛び出したりするはずがない。

あれほど純粋な人を疑い、傷付けることなど出来ない。
趙雲自身、恋仲であることを知られることはさほど気にならないが、情人…その程度の関係だと思われてはたまらない。
だが、言葉で諸葛亮に勝てるとは思えなかったため、趙雲は弁解も言い訳もせず、無言で諸葛亮を見据えていた。


「…宜しいでしょう。趙雲殿はお疲れのご様子…今日のところはお戻りください」

「申し訳ありません…ご容赦を…」

「いえ、私も少々先走りすぎました。悠生殿を安心させるためにも、一日も早い返事をお待ちしております」


"悠生殿のため"と言われてしまうと、居ても立ってもいられなくなる。
どうして想う人のために、別の人と一緒にならなければならないのだろうか。

趙雲は深く拱手し、足早に執務室を出た。
すぐに会いたい、抱き締めたい。
今にもはちきれんばかりの想いを押し込めながら、趙雲は悠生の部屋を目指した。


 

[ 2/65 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -