願う子の声を



「本当に、僕が我が儘を言ったんです…一緒に居てほしくて…帰りたくないと思って…」

「劉禅様のことは宜しいのですか?」

「阿斗は、理解してくれています…だけど、浅はかだったかもしれないです…」


年齢より大人びている親友は、趙雲と悠生の仲を認めているが、阿斗もまた、尊敬する趙雲が妻帯を持たないことを心配しているのだ。
このような大事な時期に、悠生が趙雲の部屋に入り浸るのは、やはり宜しくない。
阿斗だって、もしかしたら寂しい想いをしていたかもしれない。
昨日はよくよく考えずに趙雲に甘えてしまったが、悠生は今頃になって後悔していた。


「私は、趙雲殿が羨ましいですよ。周りの目を気にもせず、慕う方を誰より大事にすることが出来る…私には到底、真似出来ません」

「黄皓どのは今も、阿斗のことを…?」

「ええ、お慕いしていますよ。今は、悠生殿のことも同じぐらい気に入っていますけどね」


さらりと言ってのける黄皓に驚いたが、好意を寄せられていると言うのに、何だかおかしくなって笑ってしまった。
本当に、この人は丸くなったと思う。
冗談でも、嫌いだと言われ続けていたのに。
悠生も、演義に書かれた黄皓の行いなど全て信じられないぐらいに、彼のことを慕うようになっていた。

この世界はもう、史実など関係無い。
だから、黄皓が世話焼きの優しいお兄さんになっていても、何も不思議なことではないのだ。
きっと…彼はこれからも、阿斗のために生きてくれる。
主君が望むように動く姿勢は崩さないだろうが、みすみす、劉禅が暗愚と呼ばれるような未来は、選ばないはずだ。


「私は悠生殿に、学問をお教えしていますが、貴方の筆跡は私のものによく似ているのです。気づいていましたか?」

「そう…でしたか?知らなかった…黄皓どののお手本を、見て練習していたから?」

「ええ。貴方は恐らく、人の真似をして、自分のものとすることが得意なのでしょう。別の人間に教わっていたら、字体は変わっていたかと。ですが、私はとても嬉しかったのですよ。この私が、貴方の傍に居たという証が、悠生殿の中に残っているのですから」


いつか劉禅様の目にも止まることでしょう、と付け加える黄皓だが、少なからず好意を抱かれていることを感じ取り、悠生も嬉しくなってしまう。
筆の扱いは難しく、慣れるのに時間がかかったため自分でも気付いていなかったが、黄皓は悠生に学問を教えながら、そのようなことを考えていたのだ。


「黄皓どの、ずっと、一緒に居てくださいね。いつまでも、阿斗の傍に…」

「貴方に言われずとも…そのつもりです。さあ、よく眠ってください。今は…悠生殿のお傍に居ますよ」


力無く投げ出された悠生の手を握り、黄皓はそっと囁く。
包み込まれるような安心感を得て、目を閉じてしまえば、すぐに睡魔に襲われた。


「…貴方の傍に居る事が出来れば…それだけで良いのですよ…」


泣きそうなぐらいに切なげな声も、心地よさに微睡む悠生には届かない。
…黄皓の本当の気持ちには、気付けない。



 

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