天へと向く心
「左慈どの…本当に左慈どのですか?一度、妲己が左慈どのに変装して、僕の前に現れたことがありました。僕は簡単に騙されたから…」
「今の妲己には、そなたを騙す余裕も無い。小生が偽りでないことは、既に確信していよう?」
確かに、先の戦で遠呂智軍の残党は各地に離散し、妲己自身も相当の深手を負っていたはずだ。
傷も癒えぬうちに、妲己が危険を冒してまで悠生の前に姿を現す理由は無い。
「妲己は遠呂智を復活させるため、密かに兵を集め、行動をしておる」
「そんな…こんなにも早く…」
「古志城跡に建てられた遠呂智の墓は、強力な結界で守られてはいるが、妲己はそれを上回る力を手に入れ、封印を解くつもりであろう」
…そう、悠生の知っている物語とは、少しだけ展開が違っているのだ。
本来なら関わることが無い、悠生と咲良が、世界を変えたから。
遠呂智は今も、眠っているだけだから、復活させたいなら叩き起こせば良い。
だがそのためには、仙人が集まって生み出した守りの壁を突破し、遠呂智を目覚めさせる儀式を行わねばならない。
妲己、そして遠呂智の復活を望む者に必要なのものは、力を持つ聖なる存在。
…卑弥呼、その少女が鍵となるはずだ。
「妲己のこともあるが、小生は、そなたに更なる異変を伝えに参った」
「異変?」
「実は…、落涙がこの世に舞い戻ったようでな」
「うっ、嘘!?咲良ちゃんが!?どうして…」
再び、姉の名を口にすることは無いと思っていた。
落涙…咲良は、遠呂智を眠らせるという大役を果たし、故郷に帰ったはずだった。
その命と引き替えに、世界を救ってくれたのだ。
二度と、顔を合わせることも無くなるからと、涙を流してお別れをしたのに。
舞い戻った、と言ったが、肝心の理由が左慈には分からないらしい。
この世での命が尽きたはずなのに、どうして戻ってくることが出来たのだろうか。
「もしかしたら…遠呂智の復活を止めるために、呼び出されたのかもしれません。西王母さまか、誰かに…」
「落涙の奏者としての能力は生きているかもしれぬ。だが、再び遠呂智を封じるほどの力は失われているはず。中途半端に力を持つ落涙を呼び戻すなど、危険極まりない」
「だったら、僕が咲良ちゃんを守ってあげたいです。もし、咲良ちゃんが命を張って戦うことになったら、助けに行かなくちゃ。次は、僕が…」
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