天へと向く心



悠生はその日、諸葛亮の執務室を訪れていた。
一国の丞相に呼び出された…と思うと緊張するが、月英がわざわざ迎えに来てくれたので、ほとんど足を運ぶ機会もない諸葛亮の部屋に、迷わず辿り着くことが出来た。


「月英、ご苦労様です」

「孔明様のお役にたてたならば幸いです」


恐らく…、悠生が諸葛亮を苦手としていることを本人は気付いていて、それならばと月英が駆り出されたのだろう。
この男に隠し事など出来るはずがないのだ。
爽やかに微笑み合う知的な夫婦を見ても、悠生は口を閉ざし、じっと身構えていた。

月英が退室すると、広い執務室に諸葛亮と二人きりになってしまう。
高く積みあがった竹簡は衝撃を加えれば簡単に崩れてしまいそうだが、諸葛亮はそうならないように先を見越して積み上げているのだろう、きっと。


「悠生殿をお呼びしたのは、他でもありません」


諸葛亮はそう言って本題に入り、真っ直ぐに悠生の目を見て、詳しい説明を始める。
此処に来るまで、月英と言葉を交わしながらも、諸葛亮に会ったら何を言われるものかと想像していた悠生だが、結論を出す前に到着してしまったのである。
だから、諸葛亮の口から、"遠呂智"という単語が飛び出て、悠生はいっそう身を堅くした。

各地に蔓延っている遠呂智軍の残党討伐が進められていることは悠生も知っていたが、諸葛亮が言うに、数があまりにも多すぎるらしい。


「未だ、遠呂智の脅威は去っていないのかもしれません。直に、蜀軍本隊を率いて戦場に赴く日が来るでしょう」

「また…戦が始まるんですね…」

「ええ。そこで、私から提案があるのですが…、私は劉禅様を戦場にお連れしたいと思っているのです」


劉禅様を戦場に…と、予想だにしなかった一言に、悠生は目を丸くして驚いた。
確かに、阿斗には実戦経験が必要だろう。
これから、人の上に立ち国を治めていかなければならないのだ、戦下手の君主では他国から見下されてしまうし、家臣にも示しがつかない。

阿斗を戦場に連れて行くことには賛成だが、些か不安である。
彼は才はあれども、まだまだ幼いのだ。
戦場にある残酷な現実を突きつけるのは、もう少し成長してからでも良いのではないか。


 

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