最愛の故郷



無事に訓練を終えた悠生は、尚香に誘われ、彼女の部屋を訪れていた。
尚香が再び蜀の国で暮らすようになってからは、忙しい劉備に代わって阿斗や星彩を交え、皆で茶を飲んだりしながら団欒を楽しむ機会が増えた。
これまで尚香は阿斗と悠生が親友であることを知らなかったため、初めはとても驚かれた(隠していたので、別に不思議なことではないのだが)。
彼女は義理の息子である阿斗のことも可愛がっていたようで、劉備と復縁後の今では、頻繁に顔を見に阿斗の元を訪ねている。

今日も「阿斗も呼ぶから、お茶でも飲みましょう?」と口にした尚香だが、何故かいつにも増して嬉しそうだった。
と言うのも先日、兄の孫権から、新しい茶葉や菓子が届けられたようだ。
あの生真面目で堅物な男が、遠国に嫁いだ妹のために、あれこれ贈り物を用意している姿を想像すると、少し可愛く思えてくる。
尚香も兄の気遣いが嬉しかったのだろう。
蜀の茶の味が嫌、と感じることはもう無いだろうが、やはり、故郷の慣れ親しんだものが一番なのだ。


「阿斗が来るまで時間があるから、湯を浴びてきたら?」


さっぱりするわよ、と言う尚香は既に服を着替えていたが、悠生は微かに汗をかいたままである。
このままでいてもさほど問題は無いが、折角なので、尚香の言葉に甘え、普段彼女が使用している湯殿を借りることにした。
だが、勝手を知らない他人の邸で丸裸になると言うのは、今の悠生にとっては勇気の要る行為でもあった。


(…誰も来ないとは思うけど…、早く入っちゃおう…)


風呂に入ること自体が億劫で、周囲に気を配らねばならないこともあり、悠生はせっかくの湯殿で体を休める暇も無いのだ。
薄暗い脱衣場で、脱いだ服を適当に畳み、悠生は肩にぐるぐると巻かれた包帯を解いた。
すると、思わず目を背けたくなるほど恐ろしい形相をした蛇に睨まれ、気分が沈んでしまった悠生は手のひらでそっと覆い隠す。
くっきりと刻まれたそれは、遠呂智が残した入れ墨だ。

世を乱した遠呂智は確かに、眠りについた。
だが、こうして呪いは生きている。
死さえも許されない、永劫不死の呪いが。
妲己だってもう、遠呂智の復活のため、密かに動き始めているかもしれないのだ。


(いつまで、こうしていられるかな…?いつまでも…このままでいたいのに…)


掛湯をしてから、悠生は沸かされていた熱い湯に浸かった。
湯は白く濁っていて、何か入浴剤が混ぜられているのだろう、良い香りがした。
ふわふわと宙に上っていく湯気を眺めながら、深い溜め息を漏らす。


 

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