最愛の故郷



本当はもっと、触れてほしかった。
大好きだからこそ、怖かったのだ。
羞恥心なんか全て捨て去って、与えられる愛を真正面から受け入れて…ぎゅっと、力を込めてもらえたらと思うのに。

恐ろしいと、言われてしまったら…きっと言葉にならないぐらいに苦しいのだろう。
彼の気持ちを疑う気はないし、心から信じているつもりなのだけれど、それでも、僕は弱いから。
お願いだから、僕のことを嫌わないで…そんなことばかり考えていた。




風を切り裂き、真っ直ぐに的へ向かって飛び込んでいく一本の矢。
間を置かず、次々に放たれた矢は、僅かなブレもなく、当たり前のようにど真ん中に命中する。
何の変哲も無い矢でも、彼が扱うだけで美しいと感じるのだ、きらきらと輝いて見えた。
まさに神の弓だと、誰もが尊敬する黄忠の姿を見た悠生は、感激し、思わず声をあげた。


「やっぱり黄忠どのは綺麗ですね!」

「ふふっ、黄忠に綺麗だなんて言葉は似合わないわ。とても神々しいとは思うけれど」


くすくすと笑いながら、隣に座っていた孫尚香が素直な感想を述べる。
その鮮やかな笑顔が眩しくて、悠生も一笑した。
もう、彼女の中に、悲しいことなんて何も無いのだ。

此処は成都城内にある巨大な弓道場である。
黄忠が見込んだ精鋭が集まる弓部隊の訓練に参加させてもらった悠生と尚香は、一緒に黄忠から弓の指導を受けていた。
二人ともに、既に黄忠に容赦なくしごかれて、尚香は平気そうだが悠生はへとへとになっていた。
体力が乏しいくせに、本当の戦場に赴いては戦闘を繰り返し…、よく生き延びれたものだと、少し前のことを振り返っては、ずっと昔の思い出のように感じていた。


「聞こえておるぞ、娘っ子!」

「あら、声が大きかったかしら?」

「全く…近頃の若い者はたるんでおるわい」


黄忠は可愛らしく笑う尚香に呆れるも、その表情は優しげだ。
長らく続いた残酷な戦のせいもあり、以前より白髪は増えたようにも見えるが、顔付きはむしろ若返ったような気がする。
老将としての貫禄が増した黄忠は、悠生にとっては、"格好いいおじい様"である。

正式に黄忠の養子となってからは、悠生は毎日、彼の元で弓の指南を受けている。
矢を真っ直ぐ飛ばすことは勿論、命中率も威力も初めて弓を持った頃に比べれば、格段に上達したはずだが、黄忠は悠生を褒めながらも厳しく指導をしていた。
成都に戻ってきた悠生が全身傷だらけであったことを見て、これからは無謀な戦い方をしないようにと、戦場での立ち回り方や防御の方法などを日々教え込んでいるのだ。
老いて尚、最前線にまで突っ込んでいきそうな性格の黄忠がそこまで言うのだから、悠生も素直に従い、教えを受けた。


「悠生殿も、いつの間にか腕を上げたようじゃが、これぐらいで疲れていてはわしのようにはなれんぞ!もっと精進するんじゃ!」

「は、はい!」


威勢が良い、掠れた大声にびくりとした悠生は、返事をするも声が裏返ってしまう。
そんな情けない悠生の姿を見ても、尚香は変わらずに微笑んでいた。


 

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