迷い込む花びら



ママ…!と火が付いたように泣き叫ぶ愛娘の声に、咲良ははっとして、意識を覚醒させた。
慌てて起き上がってみれば、涙で顔をぐしゃぐしゃにした千春が思い切り抱きついてくる。


「ひっく…こわいよ…ママ…ずっとねむってるんだもん…!」

「ごめんね、ママは大丈夫だから…」


小さな体を受け止め、背を撫でてやる。
母が倒れ、なかなか目を覚まさないことに、千春は大きな不安を覚えたのだろう。
泣きじゃくる娘を宥めながら、咲良は周囲を見渡した。
此処は、いったい…?
先程まで室内に居たのに、いつの間に外へ出てしまったのだろうか。
もしかしたら、と咲良は一抹の不安を覚える。
どことなく、雰囲気が似ているような気がしたのだ。
もう一つの故郷である、無双の世界に。


(もう二度と、戻ってくることはないと思っていたのに…)


白く濁った空が、やけに不気味に思えた。
遠くに水辺と、数隻の船が見える。
どうやら此処は港町のようだが、人気は無い。


「ママ…千春ね、ママのペンダントとか、ちゃんとひろっておいたんだよ」


千春は鼻水をすすりながら、甘寧の鈴が括りつけられているポシェットを指差した。
宝箱に入れていた咲良の小物が、全て飛び出してしまったようだ。
勿論、笛のケースは仕舞うことが出来なかったようだが、咲良は差し出されたペンダントを受け取り、首に下げる。
あるべき場所に戻った首飾りを見て微笑み、千春の頭を優しく撫でた。


「ありがとう…じゃあ、櫛は千春が預かっていてくれる?大事なものだから、大切に持っていてね」

「うんっ!」


千春はどうにか泣きやんでくれたが、此方に近付く足音を耳にし、またも不安げに顔を歪め、咲良の胸に顔を埋めた。
もし本当に、此処が無双の世界だったとしたら?
遠呂智との戦いから五年の月日が流れたとは言え、現代に比べ治安が良いとは言えないだろう。
戦が残した傷跡は、そう簡単に塞がるものではない。

目の前に現れた者達は、予想した通りと言うべきか、見るからに人相が悪い、賊のようだった。
しかも、一人や二人ではなかったのだ。
咲良は娘を抱きしめたまま、一歩も動くことは出来なかった。
抵抗力の無い親子を見つけ、にやにやといやらしく笑い、にじりよってくる男達。
その手には短刀が握られていて、下手に動けば女子供が相手でも容赦なく刺し殺すつもりだろう。


 

[ 5/69 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -