まだ見えぬ人



「孫策さま!?どうなされたのですか!?」


咲良も大喬に続いて、孫策の傍に膝を突いた。
障気に当てられてしまったのだろうか、孫策の顔は普段から想像も出来ないほど青白く、はあはあと呼吸は乱れている。
横たわる孫策の頬に手を伸ばした咲良だったが、触れた瞬間、バチッと指先に電流が走った。
静電気のように軽いものではあれ、驚いた咲良は慌てて手を引っ込めたが、同時に、脳裏に信じられない映像が飛び込んできた。


「え…っ…!?」


孫策は相も変わらず苦しげで、大喬は夫の手を握り、必死に名を呼びかけている。

咲良は、呆然と孫策を見下ろしていた。
直接、脳に流れ込んできた、映像と音声。
年若い、青年の姿が見えた。
眩い光の中で、青年はよく見知った笑みを浮かべていた。


『何であの子を助けようとするのかって?…友達だからだよ。当たり前じゃないか!』


それが、優しげな声が紡いだ言葉だった。
知らない声…だけど、その青年は、悠生が大人になった姿としか思えないほど、弟によく似ていたのだ。
悠生の、未来の姿であろうか?
何故、孫策に触れた途端、このような光景を見てしまったのか…咲良は困惑するだけで、取り乱す大喬に声をかけることも出来なかった。


「咲良、すまんが、手を貸してくれぬか?」


不穏な空気が流れる、混沌とした壇ノ浦の地に、新たな人物が姿を見せる。
無数の光を伴って現れた神々しい男は、一瞬にして周囲の障気を浄化していた。
淀んでいた空気が澄み、少しだが孫策の呼吸も落ち着いたようだ。


「伏犠さん!?どうして、貴方が此処に…」

「話は後じゃ。咲良、小覇王を救うためにも、笛を吹いてくれんかのう?」


大剣を深く地に突き刺した、仙人・伏犠。
戸惑う大喬をよそに、伏犠は真剣な表情で咲良を見据えている。

笛を吹いてくれ…それは、奏者としての力を使えと言うことだ。
だが、遠呂智に眠りを与え、そして現代に帰らざるを得なかった咲良に、奏者の力が残っているとは思えなかった。
それに、壇ノ浦を満たす障気を浄化するほどの力を使えば、身にかかる負担は計り知れない。
今やこの体は、自分だけのものではないのだ。


「おぬしは一度命を捨てた身…力を使う代償は、"おぬし自身"には無いはずじゃ。わしを信じてくれんか?」

「…分かりました。伏犠さんは、嘘なんて言いませんもんね?」


含みのある言い方だが、笛を吹いた後に起こるであろう現象は、咲良を傷付けるものではないのだろう。
不安を取り除こうと念を押す伏犠に、咲良は笑って見せたが、それで心配事が消える訳ではない。
奏者である咲良が身を削らなければ、誰が対価を支払うこととなろうか。
疑問は残るが、苦しむ孫策を放っておくことなど出来なかった。


 

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