偽りなき愛を
「…怯えるな。何もしねえから…頼む、少しだけ…このまま…」
「甘寧…さん…?」
「まだ、ちゃんと言ってなかっただろ?最後になるかもしれねえ…だから、俺の気持ちを、あんたに伝えたいんだ」
震えていたのだ…あの、甘寧が。
瞬きもしない瞳は、真っ直ぐ咲良に向けられているのに、彼の胸に触れていると、激しく鼓動しているのが分かるのだ。
この人は、真剣で、酷く怯えている。
咲良に嫌われはしないか、そればかりを考え、恐怖している。
(私は…貴方のことが好きだった…そうだ、その真っ直ぐな瞳が好きだったんだよ。忘れていた訳じゃないのに…)
子供のように素直で真っ直ぐな人…彼の純真な心に、少女の頃の咲良は切ない恋をしたのだ。
ゆっくりと顔を上げた咲良は、戸惑いこそ残っていたが、安心させようと柔らかく微笑んでみせる。
甘寧は初めこそ咲良のその笑みに驚いたようだが、肩の力を抜き、ふっと吐息を漏らす。
次に浮かべた笑顔は、悪戯っぽく…とても可愛らしく見えた。
「もし、あんたが旦那に泣かされることが一度でもあったら…俺はあんたと千春を連れ去って、俺のものにする」
「はい…、その時は宜しくお願いしますね」
「油断するなよ?俺は千春を嫁にするかもしれねえが、あんたのことも諦めてねえんだ」
千春を授かってから、咲良には大きな母性が生まれた。
その大きすぎる母性が、愛の告白をするこの男にも向けられている。
甘寧の気持ちに、応えてあげられなくとも、受け止めてあげたかった。
「あんたが、好きだ。いつまでも…あんただけだ」
甘寧は目を細め、長らく胸の奥に仕舞い込んでいた愛の言葉を告げた。
どこまでも甘く響く、彼の想い。
何よりも、美しい心。
貴方のことが大好きでした、と咲良が伝えることは、ついに無かったけれど。
「甘寧さん…ありがとうございました。私、甘寧さんに出会えて、本当に良かった…」
「ああ…俺もあんたに会えて、良かった」
それこそが、心からの言葉であった。
そして、長い恋が終わりを告げる。
咲良の中に残るのは、命の恩人である友人への、大きな感謝の気持ちだけであった。
(叶うなら…千春を、甘寧さんのお嫁さんにしてあげてください)
娘が大人になるまで独り身でいてくれ、とは言わない。
甘寧の人生は、甘寧が決めることだ。
素敵な人と出会えたなら、その人と一緒になって、幸せになってくれた方が良い。
だが、甘寧の幸せを、我が娘が叶えることが出来るのならば…、それは咲良にとっても幸せなことなのだ。
END
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