偽りなき愛を



夜が更けていた。
千春を寝かしつけた咲良は、蝋燭の明かりを消してしまおうと手を伸ばした。
その時、扉がこつんと静かに叩かれる。
もう遅いのにと、不思議に思った咲良は、多少なりとも緊張しながら寝台から下り、扉に近付いた。


「どなたですか?」

「…俺だ、落涙。ちょっと良いか…?」

「甘寧さん?今、開けますね」


真夜中の訪問者は、甘寧であった。
聞き慣れた男の声に安堵し、咲良はそっと扉を開ける。
顔を見せた甘寧は、少しばかり困ったような顔をしていて、咲良もまた、首を傾げてしまう。


「前にも思ったんだが…そう簡単に男を部屋に入れるんじゃねえ。しかも、俺があんたに惚れていることを知っていて、よく部屋に招こうなんて思えるよな」

「え、ご、ごめんなさい…」

「身構えるなよ。別に、千春の横で押し倒すつもりはねえから」


甘寧はさらりと言ってのけるが、咲良は恥ずかしくなって声も出せなかった。
彼のことは良き友だと思っているし、娘のことを可愛がってくれる甘寧が、その母親に手を出すはずがない。
確信があったからこそ、咲良はここぞとばかりに甘寧に頼ってしまっていた。

咲良の気持ちは、随分と昔に薄れている。
だが、甘寧は今でも…咲良のことを想っているのだ。


「俺は明日にも此処を離れる。おっさんの手伝いをしに行くことになった」

「え……」

「ま、俺の役目は、あんたを此処に連れてくることだったからな」


甘寧はよく眠る千春を愛おしげに見つめ、髪を梳いた。
おっさん…つまり、呂蒙の元へ行くと言うことは、咲良は甘寧と離れ、これから正式に、孫策の下で行動をすることになる。

急に、言いようのない恐怖を感じた。
甘寧が居なくなると聞かされただけで、これほど不安に陥るなんて。
強く優しい彼の存在が、千春を守りたいと願う咲良に安心感を与えていた。
迷惑だと自覚していながら、思った以上に、甘寧に甘えてしまっていたようだ。


「あんたに会いに来たのは、別れを言うためだけじゃねえ。これをあんたに渡しに来た。黄悠からの文だ」

「黄悠…って…弟から…!?」


それは、弟の悠生を示す名である。
蜀に永住することを決めた悠生に与えられた、姓と名なのだ。
まさか悠生から手紙が送られていたとは思わず、咲良は驚きを隠しきれずにいた。


「ど、どうして…?甘寧さんが、あの子の手紙を…」

「あんたと千春を拾う前に、俺は黄悠宛てに文を書いていてな。最近、返書が来たと思ったら…まあ、俺もふざけたことを書いたんだが、あいつ俺に対しての返事は"ごめんなさい"の一言だしよ。んで、"もしお姉ちゃんに会ったら渡してください"ってよ、これが同封されていたんだ」


悠生は…、咲良は現代に帰ったものだと信じているはずなのに。
どんな内容かは分からないが、甘寧が手紙を書いたのが、咲良に再会する前であったと言うのならば、弟はどうして姉の帰還を知ることが出来たのだろうか。
手渡された文を開くこともせず、咲良は暫し呆然と立ち尽くしていた。


 

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