偽りなき愛を



「そんなっ…わ…わたしのせいで…わたしがいたから、陸家の皆様に…ご迷惑を…!」

「断じて、そのようなことはありません!小春殿が、責を感じる必要など…っ…」


…背に、焼け付くような熱を感じた。
炎に包まれた柱が倒れ、火傷を負ったのかとも思ったが、ずるりと剣が引き抜かれる妙な感覚に、陸遜は頭が真っ白になる。
敵に、攻撃を許してしまったのだ。
ぼたぼたと床に滴る粘性のある液体は…己の血に違いなかった。


「く…うっ…!」


床に膝を突いた陸遜は、そのまま崩れ落ち、武器を手放してしまう。
呼吸が、思うように出来ず、苦しげに喘ぐことしか出来なかった。
攻撃は臓にまで達していたらしく…、出血が酷い。
見る見るうちに広がる血溜まりが、陸遜の負った傷の深さを物語っていた。


「伯言さま!?しっかりしてくださいませ…伯言さま…いやっ…どうして…!?」


小春は泣き叫び、横たわる陸遜にすがりついた。
涙など見たくはない、隣で、可愛らしく笑っていてほしかったのに…励まそうにも、上手く声が出せなかった。


(…私が死んだら、誰があなたを守る…?)


耐えきれずに、陸遜は激しく血を吐いたが、痛みはまるで感じられず…、ただ、燃えるように熱いだけだった。


「…お逃げ…くだ…さ…小春…どの…」

「いやです!伯言さまのお傍を離れたくありません!」

「あなた、は…い…きて…」


今度こそ守ると、誓ったのに。
陸遜は小春の手を握ることも出来ず、徐々に意識が遠退いていく。

だが、ふとした瞬間に陸遜の意識は呼び戻された。
唇に柔らかな…あたたかな熱を感じたのだ。
背に纏わり付くおぞましい熱とは違う、泣きたくなるほどに優しいものだった。


「伯言さま…申し訳ありません…」


陸遜は、美しき仙女の夢を見た。
この世の物とは思えぬ神々しい光を放つ、小春の顔をした仙女が、今にも天に召されそうな陸遜に、口付けをしていたのだ。
あたたかく、心地良い感覚に、陸遜は死の淵に立たされていたと言うのに、自然と笑みを浮かべることが出来た。


「わたしは、いつまでも願っております…伯言さまのお幸せを…、未来に光があることを…!」


最後の瞬間まで、夫の幸せだけを祈り続けた幼い妻。
陸遜は、動けなかった。
ぬくもりが離れ、足音が少しずつ遠ざかっていっても、追いかけることが出来なかった。

陸遜の妻として生きようとしてくれた、健気な娘の未来は、一瞬にして閉ざされてしまった。
目の前にあった幸せを、投げ捨てて。
小春は命懸けで…陸遜の命を救ったのだ。


 

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