偽りなき愛を



陸遜は小春の手を取り、僅かな護衛と共に、燃え盛る邸を脱しようとしていた。
陸家の者の多くは既に攻撃を受け倒されてしまい、擦れ違うのは敵兵ばかりだ。
陸遜は剣を持ち的確に心の蔵を貫いていたが、目の前で惨劇を見せつけられた小春は青ざめ、今にも倒れそうである。
このまま、彼女を連れまわす訳にもいかない。
かつてない異常事態に、妻を庇いながら戦うことは限界なのだと陸遜は悟る。
…ならば、傷付くのは、自分だけで良い。


「小春殿、此処は私が食い止めます。この先はお一人で逃げてください。馬に乗り、安全な場所まで…」

「そのようなことをおっしゃらないでください!たとえ炎に包まれ死することとなっても、わたしはずっと、伯言さまのお傍に居たいのです…!」


小春は泣きながらも強い口調で、傍に居たいと懇願する。
せめて彼女だけでも逃がさねばと覚悟を決めていた陸遜だが、小春の涙を見たら突き放すことも出来ず、呆然と立ち尽くすのみだった。

其処に、敵兵の足音が近付いてくる。
否応無しに絶望の始まりを予感したが、陸遜は怯える小春を後ろに庇うようにし、敵を迎え撃とうと剣を構えた。


(っ…酷く恐ろしい気だ…小春殿に、耐えきれるだろうか…)


ゆらりと蠢く炎の中に、大きな影を見る。
まず、その巨体に圧倒された。
眼光は鋭く、冷たいばかりで、人間味がまるで感じられないのだ。
首に下げた数珠が妖しげに輝き、同じ空間に立っているだけでも酷くおぞましく、背筋が凍りそうになる。
もしかしたら、遠呂智よりも…危惧すべき男だったのかもしれないと、陸遜は本能的に感じた。


「ちょこまかと逃げおって…小覇王・孫策の娘御よ。我に身を捧げ、力となれ。さすれば仲間の命だけは救うてやろう」

「何を…ふざけたことを!」

「小僧、逆らうか?気に食わぬ目をしおる…」


平清盛…、遠呂智の復活をもくろむ悪しき男の名を、この時の陸遜はまだ、知るはずもなかった。

妻の身が狙われている、それだけを理解した陸遜は、小春を捕らえようとすかさず飛びかかってきた遠呂智兵を一太刀で絶命させる。
一瞬の断末魔の後、血しぶきが床を濡らした。
小春に指一本触れさせる訳にはいかないと、陸遜は窮地に立たされた必死だった。

だが、敵兵の悲惨な最期を目にした小春は、今にも気を失いそうなほどに真っ青な顔をしていた。
優しい娘は、標的とされた己を責めずにはいられず、ついには力を失い、その場にうずくまってしまった。


 

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