葬られた歌



「甘寧殿?」

「よう、陸遜。話は済んだみてえだな」


甘寧が千春の手を繋いで現れたため、見ず知らずの幼い娘の姿に、陸遜は首を傾げている。
千春は笛の箱を抱きかかえていて、咲良に差し出した。
彼女が歩く度に、ポシェットに付けられた甘寧の鈴がちりんと鳴ることも、陸遜は驚いているようだった。


「千春、ありがとうね。大喬様は?」

「大喬おねえちゃんは、孫策さまといっしょだよ」

「そう、それなら寂しくないね」


笛を届けてくれた千春の髪を撫でて抱き締めたら、彼女は幸せそうに微笑んだ。
陸遜はその間、不思議そうに娘を見ていたが、彼の困惑に気付いた甘寧が、にんまりと笑いながら指摘する。


「そいつはあんたの嫁の妹になったんだってよ。名は千春…だが今日から阿春って呼ばれているみたいだぜ」

「阿春…殿?あなたが…小春殿の妹に…?」


春の名を持つ、愛する人の妹…。
甘寧が口にした内容に衝撃を受けた陸遜は、寝台の上からだが、恐る恐る手を差し出した。
千春は瞳をぱちぱちとさせるも、咲良が頷いてみせると、安心したように寝台へ近付いていく。
小刻みに震える陸遜の手に、両手で包み込むようにして触れた千春は、にっこりと笑った。


「おにいちゃんのて、つめたいね…。千春があっためてあげる!」

「…ありがとう…ございます、阿春殿…」


それまでの緊張を解いた陸遜は、とても穏やかな表情をしていた。
千春に身を任せるその姿は、年相応の少年らしさを垣間見せるのだ。
…守って、あげたい。
彼の未来を、幸せを…、そして、傷付いた心を救ってあげたいと、強く思う。
咲良の中には、陸遜との友情…それよりも深い、母性のようなものが生まれてしまったのかもしれない。


「ママ?フルート、ふいてくれるの?おにいちゃんたちと千春はおきゃくさん?」

「千春も、一緒に聴いていてね?」


小春もまた、素晴らしい笛の奏者だった。
いつかは、千春にも笛を教えて…、小春と一緒に合奏をすることが出来たら、きっと良い経験になるはずだ。
咲良が悠生としたかったことを…、小春と千春によって叶えることが出来るかもしれない。

笛を組み立てた咲良は五年ぶりに、楽師・落涙として曲を披露した。
落涙の音を望んだ陸遜も、音曲に通じていないであろう甘寧も、奏でられる旋律にじっと耳を傾けてくれた。
未だ陸遜の手を握ったままの千春も…母の輝かしい姿に憧れを覚え、未来を夢見るのだが、咲良は娘の胸中もつゆ知らず、夢中になって笛を奏でるのだった。



END

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