葬られた歌
「孫策様は、小春様のことを誰より大事にしていらっしゃるんですね。愛する大喬様との姫様ですから…」
「ええ…分かっています。ただ、不甲斐ないです…私は、私のために生きようとしてくれた小春殿を…大切な人を、幸せにすることも出来ない…」
咲良は思ったことを口にしたのだが、陸遜は悲しそうな笑みを浮かべるばかりだった。
孫策は、小春の父親として陸遜に接していた、だから感情的になってしまったのだろう。
陸遜と小春の婚約とて、孫権が取り決めたことであり、孫策の許しを得た訳では無いのだ。
娘の成長を見ることなく亡くなった孫策は、小春の幸せを人一倍望んでいる。
「陸遜様…私は、助けを求められる小春様のお声を聞いて、こうしてこの世界に戻ってきたんです」
「え……」
「私も、小春様をお助けしたいです。笛を吹いても、前みたいにお力になれるかは分かりませんが…頼りにならなくて申し訳ないです。でも、それが私の新たな使命だと思うから…」
かつて、遠呂智を眠らせた咲良は、奏者の肉体に加わる衝撃による死を免れるため、現代へ帰ることになった。
何事も無く戻ってきてしまったが、以前のような大きな力は、失われただろう。
武器を持って戦うことは出来ない。
だが、笛を吹くことで、傷付いた小春の心を癒すことは、今の咲良にも出来るかもしれない。
「咲良殿…あなたは、小春殿のために戻ってこられたのですか…?」
「小春様のためだけじゃありませんよ。陸遜様も…大切な人ですから。私はお二人の幸せを望んでいます」
友達だから、と口にするのは躊躇った。
咲良と陸遜の関係は、誰から見ても"親しい友人"であろう。
貴方を泣かせることが出来たら、私と友達になってくださいと…過去に、約束を交わしたはずだった。
結局、咲良は音曲で、陸遜に涙させることが出来なかったのだ。
彼への想いに、もう恋情は含まれていないが、咲良は心から、陸遜のことを大事に思っている。
「咲良殿…私は蜀の手助けをし、任を遂行しなければなりません。どうか、小春殿のことを…宜しくお願い致します」
「はい、必ずお救いします。そして、お二人の祝言では、私に笛を奏でさせてくださいね」
「咲良殿の笛…ご迷惑でなければ、久しぶりにお聴かせ願えませんか?」
笛を聴きたいと所望する陸遜に、咲良は笑みを絶やさずに頷き、返事をしたら、陸遜はぎこちなくだが笑ってくれた。
落涙の笛の音で、少しでも、陸遜の不安を取り除くことが出来るなら…
しかし、いつも持ち歩いていた笛は大喬の部屋に置いてきてしまった。
陸遜に断り、笛を取りに戻ろうとしてすぐ…、彼は明るい茶色の瞳を瞬かせる。
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