葬られた歌
「その男は最初から、小春殿だけを連れ去るつもりだったのかもしれません」
「…どういうことだ?」
「逃げ場を失った私と小春殿が男と対峙した時、小春殿の身を引き渡すよう告げ…私が太刀を受け倒れた後、用が済んだとばかりに引き揚げていきました。私は…黙って見ていることしか…」
陸遜の顔が、いっそう苦しげに歪む。
小春の声を思い出すことさえ、辛いのだろう。
孫策も真面目な表情を崩さないが、娘婿の苦悩を、痛みを理解しようと歩み寄っているように思えた。
「小春殿は、私を救うために、自らその身を捧げたのです…!」
「……、」
「私は、私は…止めることさえ出来ませんでした。ですが小春殿は、私の手を握ってくださったのです…その時の小春殿は、私は夢を見ているのかと思ったのですが、仙女のように神々しい姿をしておられました…」
それが、陸遜の見た真実の全てであった。
陸家の人々の命と引き替えに、小春は生け贄となり、その身を清盛に明け渡した。
清盛が小春を求める理由が咲良には分からなかったが、陸遜が口にした"仙女"と言う単語に、一つの可能性を見出した。
(小春様の中にある、仙人の力…、遠呂智復活のために、清盛は小春様の力を利用しようとしているの?)
そう考えれば、辻褄が合うはずだ。
清盛が陸家を襲撃したのも、小春を執拗に狙ったのも…全ては小春の、女禍から授けられたという稀有な力を手に入れるため。
死傷者が出なかったことや、陸遜の傷が塞がっていた奇跡は、恐らく彼が最後に見た仙女のような姿をした小春…、覚醒した彼女が引き起こした癒しの力によるものと考えることが出来る。
(だから、小春様は…私に助けを求めていたんだ…)
陸遜の命を辛うじて救った小春だが、愛する人を死に追いやろうとした男に、従わねばならなかった。
…どれほど恐怖したことだろうか。
限られた時間の中で、懸命に陸遜の妻になろうとしていた純粋な娘の幸せを、清盛は己の欲のために奪ったのだ。
絶対に、許すことは出来ない。
何が何でも、小春を救い出さねばならない。
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