葬られた歌



咲良が陸遜の部屋を訪ねた時、室内の空気は異様なほどに重々しかった。
白い着物を着て、寝台の上に座っていた陸遜は酷くうなだれている様子で、彼を見下ろす孫策は、瞬きもせずに冷たい視線を送っているのだ。
二人の間に妙な緊張感が漂い、咲良は声をかけることさえ躊躇っていたが、陸遜が顔を上げて初めて、彼の頬が腫れていることに気が付いた。


「咲良殿?何故あなたが…」

「り、陸遜様!?そのお顔は…っ…孫策様、もしかして…」


驚いた咲良は、陸遜が戸惑っているのもお構いなしに、彼の綺麗な顔を両手で包む。
触れただけで、熱を持っていることが分かる。
思い切り力を込めて殴られなければ、こうはならないだろう。
孫策が、殴ったのだ。
感情を制御出来ないほど熱い人だとは思っていたが、彼はいつだって、他人を慈しむことを忘れなかったはずなのに。


「ちょっと腹の虫の居所が悪くてな…、陸遜、殴ったことは謝る。痛かったよな」

「いえ…、私より、深く傷付いている方がいらっしゃいます。私こそ、もっと痛みを感じるべきなのです」


節目がちに答えた陸遜の、その瞳に覇気は無い。
どうして小春を守りきれなかった?
…陸遜も孫策も、きっと同じことを思っている。
孫策の怒りや悲しみも理解出来るが、このように不安定な状態の陸遜に手を出すべきではないだろう。
咲良はかける言葉を失い、陸遜の弱々しい姿をただ見つめることしか出来なかった。


「陸遜、お前には聞きたいことがある。ゆっくりで良いから、答えてくれるな?」

「はい、勿論です」

「咲良も座ってくれよ。お前の意見も聞きたいからな」


孫策は幾分か落ち着いた様子で、普段のような笑みは見られなかったが、咲良に優しく声をかけた。
何が出来る訳でもないのだが、甘寧が呼びに来てくれて良かったと思う。
二人だけに、悲しい想いをさせたくない。
小春を大切に思う気持ちは、咲良も同じだ。


「まず聞くが、陸遜…お前、どうして生きてる?」


どきりとする、鋭い質問だった。
咲良は思わず孫策の心を疑ったが、陸遜はその真意に気が付いているようだ。


「確かに、私は死に至るほどの致命傷を負いました。背後から一太刀…、今、生きていることが不思議なぐらいです」

「陸遜、お前が普通に口を利けることだって奇妙なんだぜ?なあ咲良、これを見てみろよ。事件のあった日、陸遜が着ていた服だ」


 

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