小さな愛し子



高校を中退して千春を産んだ咲良は、最近やっと夜間学校を卒業し、仕事を探しているところである。
いつかは自立しなければならない、それは承知しているが…、なかなか上手くいかないのが現状だった。
ずっと続けていた笛を吹くことも滅多に無くなり、咲良はめっきり音楽から遠ざかっている。
楽師として過ごしていた日々が懐かしい。

あの頃に戻りたい…と思うことも度々ある。
だけど、それは叶わないと知っているから願うのだ。
私は、生まれ育った故郷を選んだ。
居場所は、此処にしかないのだから。
千春を周泰の娘に恥じない立派な大人に育てることが、咲良の新たな使命である。


「ねえ、ママ…」

「んー?」


正座をし、千春は小さな手で一生懸命タオルを畳んでいたが、ふと顔を上げ、静かに咲良を見つめた。
首を傾げながら咲良が微笑むと、千春は安心したかのように、母親の隣にちょこんと座る。

現代の感覚では、咲良は相当若い母親なのだろうが、戦国や三国の世では珍しくもない…むしろ子を産むのが遅すぎたぐらいだ。
千春は父親を知らずに育ってきた。
咲良は真実を話すことが出来ず、パパは遠くにお仕事に行っているの、と嘘を付いている。
千春が大人になったら、全てを明かすつもりではいるが、咲良自身、寂しさや不安に押し潰されそうな時があるのだ。
母親がまだまだ未熟なのに…、この先、一人で千春を育てていけるだろうかと。


「千春ね、ときどき、こえがきこえるの…。たすけてって、おねえちゃんのこえ…」

「な、なにそれ…本当に?」

「ママにはきこえないの?あっ、ほら…いまも…」


不安げな顔をする千春は、声が聞こえるという方向を恐る恐る指差す。
今まで、千春が咲良に嘘を付いたことは一度も無いのだ。
咲良も心霊の類は得意ではないが、娘の心配事を無視する訳にもいかなかった。
助けを求めるお姉ちゃんの声、は咲良には聞こえない。
だが、千春が言うのだから、何かがある。


「此処から?…って、箱の中…?」

「うん…ママのたからばこから…、おねえちゃん、いつもないてるの…すごく、かなしそうなの…」


千春の言うお姉ちゃんが、誰なのかはまだ分からない。
もしかしたら…、可能性は極めて低いが、誰かが落涙を呼んでいるのではないだろうか。
二度と地を踏むことが無いと思っていた、もう一つの故郷から…。


 

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