失われた輝き



咲良は甘寧と共に、孫策が待っているという廬山の地に向かっていた。
あえて孫策が陸家の領地から離れたのは、再び敵に襲撃される可能性を考え、怪我人を連れ、わざわざ聖域である廬山に移動することに決めたのである。


「ママ、みてみてっ!すごいおやまだねえ!」


目前に迫る神々しい山々の迫力に、千春が感嘆の声をあげる。
真っ白な雲と霧に覆われた美しい山を見ていると、咲良も自然と笛を奏でたくなる。
目には見えなくとも、仙女が舞い踊ってくれそうだ。

孫策とは、廬山の麓の寺院で落ち合う予定となっていた。
甘寧が早馬を出していたためか、孫権の使者を出迎えようと、既に正門付近には孫策の兵がずらりと立ち並び、そして其処には孫策本人の姿もあった。


「こっちだ、甘寧、咲良!!久しぶりだぜ!」

「孫策様…!」


大きく手を振る孫策の姿に、自然と笑みが浮かぶ。
孫権が持たせた書状により、孫策は咲良が孫呉に戻ったことを先に知らされていたのだ。
彼は何の違和感も抱かせずに咲良を歓迎し、その帰還を喜んでくれた。


「甘寧、よく咲良を連れてきてくれたな!それで、そのチビが咲良と周泰の子だって?本当によく似てるぜ!」

「…親父の面影なんて無いんじゃねえ?」


わしゃわしゃと千春の髪を撫でる孫策を横目に、甘寧は小さな声で皮肉を言う。
人懐っこい孫策の太陽のような笑顔に、千春もすぐ心を許したようだ。
むぎゅっと孫策に抱き付く千春。
幼子を受け止めた孫策は、愛おしそうに…そしてどこか寂しげに目を細めていた。


「お前、名は何ていうんだ?」

「千春!はるってね、ママがね、おねえちゃんのなまえ、もらってつけたんだよ!」

「ははっ、姉ちゃんの名か。なあ…、もしお前が小春の妹になってくれるなら、"阿春"って呼んでやりてえな。良いだろ?」


あしゅん、と不思議な響きの名を付けられ、千春は首を傾げていたが、孫策は「あだ名だから深く考えるなよ」と笑った。
阿の文字は、幼名によく使用されるという。
つまり、阿春は"春ちゃん"と言う意味になるのだろうか。

孫策は千春を小春の妹として扱い、可愛らしいあだ名を付けてくれた。
咲良も、心優しくて美しい小春のように育ってほしいとの願いを込め、娘の名に春の一字を用いたのだ。
阿春の名は、"小春の妹"という意味も含まれいるのだろう。
孫策がどのような想いでその名を与えたか…、彼の心を察することは出来ても、悲しみを消し去ることは出来ない。


 

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