春への祝福



「咲良」

「ようへい…さま…?」


今度ははっきりと、名前を呼んでくれた。
それまでほとんど口を開かなかった周泰だが、彼は確かめるように咲良の名を呼び、震える肩に手を伸ばす。
緊張で身を堅くしていた咲良を静かに抱き寄せた周泰は、耳元で直接、声を吹き込んだ。


「…正直言えば…俺はどうすべきか分からない…五年など…貴女の言葉であっても…信じていいものか…。だが…今すぐに…貴女を抱き締めたいと思う…咲良に…触れたい…」

「望んでいただけるなら…。幼平様…私を、抱き締めてください」

「…咲良…、ああ…」


強く、ぎゅっと力を込められていく。
其処にある存在を確かめて、もう離さないとでも言うかのように。

周泰の腕に抱かれた咲良は、彼の胸板に頬を押しつけ、愛しい男の熱を求めた。
懐かしい、心地よさ。
二度と感じられないと、諦めていたもの。
忘れかけていた幸福を思い出し、咲良はたまらず、それまで耐えていた涙を流してしまう。


「五年間…忘れたことはありませんでした。私、ずっと…こうしてほしかった…幼平様に…抱き締めてほしかった…!」

「…心細い想いをさせた…すまない…咲良…これまでよく耐えてくれた…。今度こそ…俺に守らせてくれ…咲良も千春も…俺が守る…」

「幼平様…幼平さま…っ…!」


周泰は太い指で、咲良の目尻に浮かぶ大粒の涙を拭う。
ただただ…嬉しかったのだ。
もう、望めないと思っていた幸福。
この上ない幸せを与えてくれたのは、かつて咲良が愛した誰より優しい男だった。

咲良は飽きもせずに周泰を見つめていたが、額に口付けられ、ぴくりと睫を震わせる。


「…俺は…貴女が愛しい…この気持ちは…変わらない…」

「幼平様…!私も同じです。幼平様を、お慕いしています…!千春に、会ってくださいますか…?」

「…ああ…」


父として、私達の娘に会ってほしい。
切に願えば、周泰は小さく頷き、咲良の手を取って…甘寧と凌統が待つ隣の部屋へと向かった。

今度は、千春に真実を話す番だ。
こうして周泰に理解してもらえたのだから、千春にもきちんと、伝えなければならない。
まだ幼い娘が、現実を告げられた時、千春は…いつものように、笑っていられるだろうか。


 

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