春への祝福



「千春の名の"はる"は、"しゅん"とも読みます。小春様から、一字頂戴して名付けました。昔…約束、したでしょう?覚えていますか?」

「……、俺達の娘が生まれたら…姫様のお名前から、春の一字を…」

「はい…千春は、私達の娘です。あの子は間違い無く、幼平様の長女なんです」


初めて周泰に抱かれた夜、咲良は彼と家族を作ることを夢見た。
この人となら、きっと…幸せになれると思っていた。
そして生まれた、大切な大切な、お姫様。
愛した人との間に授かった子供なのだから、可愛いに決まっている。


「…俺達の…娘…?」

「ひと月じゃ、どうにもなりませんよね。でも、私が故郷へ帰ってから、五年が過ぎているんです。時の流れが違うのか…確かなことは分からないのですが、私も年を取りましたし、娘は…もう四歳になりました」

「っ……」


咲良の話は、まるで現実味が無い。
周泰は言葉を失い、酷く困惑しているようだった。
たったひと月、姿を見せなかった妻が、子連れで帰ってきたとなれば驚きだろう。

嘘を付いている、と疑われても仕方がない。
周泰が受け入れたくないと言うのならば、咲良は黙って身を引くつもりだ。
継室を娶ってくれと言ったのは自分だから。
彼が知らぬ間に生まれて大きく育っていた娘を、引き取る義務は無い。
勿論、その時は千春にも秘密にしておこうと思う。
可哀想だが、パパは遠くにお仕事に行っている、と嘘を付き続けるしかないのだ。


「私は…また、幼平様の前から居なくなるかもしれません。だけど千春はずっと、父親を欲していたんです。何があの子のためになるか、悩みましたが…、もし…私達に残された時間が短くても、幼平様…千春の父様に…なってくださいますか…?」

「…俺は…」

「私は、今も幼平様のことが…」


…声が震えてしまって、どうしても言葉が続かない。
咲良は初めて、周泰から目を逸らした。
続きを、言ってはいけないような気がしたのだ。
今は千春の母親として、周泰に向かい合っている。
だから、自分自身の想いを優先させてはならないと思っていたのに。
これ以上、押さえられそうもない。
咲良にとっては五年、周泰にしてみればたったのひと月。
しかし、咲良は今も変わらず、周泰に恋をし、愛しているのだ。


 

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