春への祝福



「私が此方に戻ってきたのは、数日前です。野盗に襲われているところを偶然、甘寧さんに救っていただいて…ご好意に甘え、そのままお世話になっていました」

「……、」

「幼平様とは…正直、顔を合わせる勇気が無かったんです。私は、いつ元の世界へ帰ることになるか分からない…幼平様に会ったら、私は帰れなくなる。怖かったんです…私は…弱いから…」


私は強くなった、と思っていた。
しかしそれは、勘違いだったようだ。
どう頑張っても、一人では生きていけない。

悠生の存在そのものが消滅した現実を知った咲良は、それまで我慢していたものが脆くも崩れてしまい、涙を流し続けた。
思い出があるだけで幸せ、その考えは今も間違ってはいないと思う。
ただ、咲良自身に問題があったのだ。
思い出だけで生きていけるほど、強くなれなかった。
自惚れていたのだ、私は大丈夫だと強がっていた、だからいざ独りになってから、涙が止まらなくなった。

奇跡的に千春が生まれてくれたから、咲良は今日も笑っていられる。
だから、娘の幸せのためなら、何だってしてあげたいと思ったのだ。
いつしか音楽から離れ、あんなに大切にしていた笛にも触らなくなった。
楽師であった過去は、綺麗な思い出と共にしまいこんだ。

それなのに、いつ別れの日が訪れるかも分からないのに、何も知らない周泰をつかまえて、千春の父になってくださいと、お願い出来るだろうか。
自分だって、こんなにも苦しいのに、折角出会えた"パパ"と再び離れ離れになれば、千春を酷く傷つけてしまうことになる。


「…千春…城下で見掛けた…あの娘は…」

「えっ?あ…そうでしたか…千春、綺麗な目をした人に会ったことを嬉しそうに話してくれたんです。凌統さんが落ち着かない様子だったのは、孫権様と…幼平様にもお会いしていたからなんですね」


帰宅してからの凌統の落ち着かない態度、千春の複雑そうな表情…それが周泰の存在によるものだったのだと、ようやく咲良は理解した。
可愛いでしょう?と同意を求めたら、周泰はうっと言葉に詰まったようだが、頷いてくれた。
…やはり、気になってはいたのだろう。
薄々、気付いていたのかもしれないが、きっと、周泰は真実を知らないはずだ。

咲良は頬を染め、少々の気恥ずかしさからはにかんでいた。
ずっと、なんて…永遠なんてあり得ないかもしれない。
一度経験した別れは辛かったし、同じことを繰り返したくはないけれど、どんなことがあっても、千春が周泰の娘であることは変わらない事実なのだ。
それに今、周泰から逃げたら、一生後悔する。
受け入れてもらえるかという不安は次第に薄れ、すぐに伝えたい…、はやる気持ちが押さえきれず、咲良は小さく息を吐いた。


 

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