熱情の使者



甘寧はその足で孫権…ではなく、周泰の元へ向かうつもりだった。
千春に落涙を見いだしたのならば、彼は必ず、再び千春に会いに来ると思ったのだ。

邸を出ようと履き物を整えていた時、甘寧に仕える女官が慌てたように駆けてきた。
遠目から此方を見据える男…周泰に、甘寧は一瞬の驚きを見せるも、すぐに冷静さを取り戻し、女官を見下ろした。


「周泰様が、凌統様と話をしたいと仰られております。ご案内致しましょうか?」

「ああ、それは俺で十分だ。わざわざ凌統を呼ぶ必要もねえよ」


わざと周泰にも聞こえるように大声で言ってのけた甘寧だが、戸惑う女官に下がるよう言いつけると、改めて周泰に向き直った。
こんなにも早く訪ねてくるとは思わなかったが、此方から出向く必要も無くなったのだ、好都合である。
相手は、恋敵だ。
本命など居なかった甘寧が唯一愛した女に手を出し、心までも盗んだ。
甘寧は挑発的な笑みを浮かべ、鋭い目で睨み付けてくる周泰に対抗し、敵意を剥き出しに食ってかかる。


「よお。あんた、凌統に会いに来たんだって?生憎だが、あいつは子守中だ。可愛い小娘のな」

「…千春という…娘か…」

「あんた本当は千春に会いに来たんだろ?落涙に似ていて気になったってか?残念だが、あんたの期待は的外れだ」


"落涙"の名を出した途端、明らかに周泰の顔色が変わる。
図星を言い当てられ、惑っているのだろう。
甘寧は小馬鹿にした笑みで、周泰の神経を逆撫でしようとしたが、普段から沈着な彼はそれ以上は取り乱す様子も無い。
悔しいことだが、無口なこの男が相手であっても、甘寧は話術でさえ劣っていると…認めざるを得ない状況にあるようだ。
甘寧はチッと舌を打ち、周泰の真意を探ることだけに集中し始めた。


「…千春に会ってどうするつもりだ?顔が似ているから?あいつは落涙じゃない。千春はあんたのものにはならないぜ」

「…俺の…ものに…」

「いい加減、忘れちまえよ。あいつはもう帰らないんだろ?落涙に拘る必要なんかさらさらねえ。さっさと他の女を捕まえてお楽しみを持つのが賢い生き方じゃねえか?」


それが出来れば苦労はしないだろう。
甘寧とて、未だ落涙に捕らわれているのだ。
あの楽師の少女は特別だった。
彼女との思い出は、今も色鮮やかに蘇る。
笑顔も、泣き顔も…全て、愛おしかった。
簡単に、諦めることなど出来やしない。
全て分かっていて、甘寧は周泰の心を揺さぶろうとした。

もしも、少しでも落涙から逃げようとする素振りを見せたら…、二度と彼女を離さない。
落涙も、千春も、誰の目にも届かないところに置いて、大事に守ってやれば良い。

さあ、果たしてどんな反応をして見せる?
甘寧は周泰の次の言葉を待ったが、意志の固い彼は全く意に解さぬ様子で、翻弄されることもなく、真っ直ぐと甘寧を見詰めた。


 

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