熱情の使者



千春は甘寧に恋していると言うが、やはり母親にはかなわないようだ。
落涙に抱き付いて満面の笑みを浮かべる千春は可愛らしい。
甘寧も自然と、幼い少女の笑顔に癒されていたが、何故か沈んだ様子の凌統に手首を掴まれ、そのまま別室へと連れられてしまう。


「おい凌統、何だってんだ?」

「悪いね。ちょっと俺も混乱しているんだけど……」


これほどに動揺し、眉を寄せている凌統など見たことがない。
千春と散歩をしてくるよう送り出したときは、いつもと変わらずに悪態をついていたのに。
さっぱり意味が分からなかったが、次の凌統の言葉に、甘寧は耳を疑った。


「実は…視察に出ていた殿と会っちゃってね。千春ちゃんの姿も見られた」

「殿が…ってことは、まさか!?」

「ああ。感動的な親子の対面…とはならなかったけど、間違い無く違和感は持たれたと思う。いくら幼くたって、こんなにも似ているんだ…」


ばつが悪そうに凌統は己の失態を打ち明ける。
人の話を聞かない甘寧とは違い、凌統が孫権の予定を把握していなかったことは、運が悪かったのだろう。
常に孫権の傍らに並んでいる周泰。
実の父である周泰が、千春の姿を見て、落涙を連想しないはずがないのだ。


「なあ、甘寧…そろそろ落涙さんを殿に会わせないか?その方が千春ちゃんのためにもなる。あんただって見かけより馬鹿じゃないんだ、少しは思うところがあるんだろ」

「……、」

「落涙さんの幸せを思うなら、あんたは身を引くべきだ。……正直言えば、俺はあんたと落涙さんが結ばれてほしかったんだけど。こればかりは…諦めるしかない」

「凌統……」


過ぎ去ったことを後悔して嘆いたり、とやかく言っても仕方がない。
既に、答えは出ている。
ただ、彼女を手放す決意が出来ていないだけ。
凌統の言葉は厳しくも優しく、それは友を想ってのあたたかな気持ちとして感じられた。


「話を付けてくる」

「へえ、決めたんだ?」

「ああ。千春を見ていてくれ。だが落涙には伝えるなよ。俺はまだ、あの野郎を認めていないんだからな」


最後まで意地を張る甘寧に、凌統は呆れたように肩を竦めた。
それでも、甘寧の我が儘を聞き入れた凌統は、「血は流すなよ」と笑いながら手を振って、母と娘の待つ部屋へと戻っていった。


 

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