熱情の使者



「…周泰さんは最初から、私の心が甘寧さんへ向いていると知っていたんです」

「な…んだと…?」

「初めは確かに強引だったのかもしれません。私にとっても、周泰さんは恩人と言うだけで、好きになれるか…とても不安でした」


落涙は一つ一つ言葉を選びながら、甘寧へ胸の内を明かしていく。
初めは小刻みに震えていた落涙の手も、今はしっかりと甘寧の手を握り返していた。
彼女は、甘寧が愛した少女では無い。
周泰に愛されて美しくなった、一人の女だ。


「でも、周泰さんは待っていてくださいました。急がなくて良いから、少しずつでも…愛してくれればって…」

「あんたは…愛したのか?愛を与えられたから、愛するようになったのか?」

「…はい。もし最初に、甘寧さんが私を愛してくださったら、私も甘寧さんを愛していたかもしれません。お恥ずかしながら…私って、単純なんです」


単純と言えば、単純なのだろう。
一途で、真っ直ぐで…純な瞳をしている。

落涙は五年もの間、たった一人の男を想い続けた。
子を授かったから…、それだけが理由ではないだろう。
既に五年も過ぎていると言うのだから、落涙はこれからも、他の男と契りを結ぶつもりはないと…強い決意を、身を持って証明したことになる。
それだけ落涙の想いは深く、いくら甘寧が想いをぶつけたとしても、簡単に揺らぐものではない。

だが、甘寧が周泰より先に手を出し、落涙を我が物にしたとしても…落涙の心は、ここまで大きく膨れ上がらなかったのではないだろうか。


(…落涙の気持ちは本物だが、まだだ。まだ、確かめなきゃならねえことがある)


とんとんと戸を叩く音が聞こえ、慌てた落涙はぱっと手を放したが、甘寧は未だに険しい顔をし続ける。
顔を覗かせた使用人が、城下町に出ていた凌統と千春の帰りを告げるも、甘寧はぶっきらぼうに「分かった、下がれ」と言い放った。
それにびくりとするのは落涙だ。
怒らせてしまった、と勘違いしているのかもしれない。
別に、怖がらせるつもりはなかったのだが…、失敗したと、甘寧は小さく舌を打つ。


「甘寧さん…あの、私…」

「…へっ、ちっとばかし落ち込んでるだけだ。千春の前では良い兄貴でいてやるよ。ほら、迎えに行くぞ!」


いつものように鼻を鳴らし、上から物を言う。
すると、あれほど不安げな目をしていた落涙が、ふわりと笑ってくれる。
それだけで幸せだと感じてしまうのだから…、もう、どうしようもない。


 

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