愛を願う娘



「殿、すみません!この娘に悪気は無いんですが…っ…」

「ははは!聞いたか周泰、私の目は宝石だそうだ。このような幼子に、この上ない褒め言葉を貰ったぞ」

「……、」


凌統の心配は全くの杞憂で、千春の素直な感想を受け取った孫権は機嫌を損ねるどころか、大声を上げて笑っている。
戦以外でこれほど緊張したのも久しいと言うのに、孫権の反応は予想外のもので、調子が狂ってしまった。
今日は厄日なのだろうかと、凌統は己の不運を嘆くばかりだ。

孫権に意見を求められた周泰は無言で頷いて見せたが、その視線はやはり千春をとらえて離さない。
…娘の中に、何かを見出そうとしている?
まさか、とは思うが、凌統は嫌な予感を拭いきれなかった。
孫権よりも立派な体格をした男の、その鋭い眼差しに気付いた千春は、少し怯えたように身を固くし、凌統に抱き付く。


「周泰、あまり睨むな。怖がらせてどうする。凌統、その娘は千春と言うのだな?」

「は、はあ…」

「うむ、千春よ、何か欲しいものはあるか?私が何でも買い与えてやろう」


孫権は大いに喜んでおり、凌統の動揺も、いつも以上に無口な周泰にも気付かず、凌統の腕に抱かれた娘を見てにこにこと笑っている。
まるで愛娘を溺愛する父親のようだ(孫権は落涙の義父だから、結果的に千春は義孫に当たる訳だが)。
千春も、孫権のことは気に入ったのだろう、うんと悩んでから、たった今思い付いたように口を開いた。
しかし、幼い姿からは想像も出来ない、なんとも重苦しいお願いごとだったのだ。


「千春、パパがほしいなぁ」

「パパ?……それは、父親のことか?」

「そうだよ?千春のおとうさんね、とおくに、おしごとにいってるんだって。千春がいいこにしてたら、かえってくるってママはいうけど…パパ…千春のことをわすれちゃったのかなあ…」


しゅんとして、千春は落ち込んだように、凌統の胸に顔を埋める。
孫権は"パパ"の意味を推測して答えたが、それは父親で正解だったようだ。


「千春ちゃんは、お父さんに会いたいのかな?」

「うん…。千春、パパにあったら、こうやってだっこしてほしいの。パパって、どんなひとかな?凌統おにいちゃんより、おおきいのかなぁ…」


きゅうっと抱きついてくる千春は、悲しみと期待とが入り混じった笑みを浮かべていた。
凌統は娘の中に落涙の姿を見たような気がして、慌てて抱きしめ返す。

母が居るから寂しくないなんて、嘘だろう。
気丈に生きる落涙の姿を見て育った千春は、自然と寂しさを押さえ込んでいたのだ。
…すぐ傍に、実の父親が居るというのに。
距離を縮めることも、伝えることも出来なくて…もどかしかった。


 

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