安らぎの在処



陸遜と小春は婚約していたが、未だ小春は幼く、正式な婚儀を行うのはまだまだ先のはずであった。
しかも、遠呂智との戦いからひと月しか過ぎておらず、世も落ち着きを取り戻さないのだ、あえて今を選ばなくても良いだろうに。
…だが、咲良には先を急ぐ小春の気持ちが、痛いほどに分かってしまった。


(時間が…無いんだもんね…小春様は一刻も早く陸遜様の妻になって、役目を果たそうと…)


小春と、仙人・女禍との間に交わされた契約があった。
孫策の娘である小春を見込んで力を授けた女禍は、将来的に小春を仙界に連れ帰り、跡継ぎにするという。
妻として、陸遜に尽くすことが出来る…、小春に与えられた猶予はたったの数年だった。
時間が無いからこそ、小春は急いでいる。
陸遜も、事情は知らなくとも小春の強い想いを感じ取り、ついに決心したのだろう。


「なんだよ、陸遜の奴…意外にやるじゃねえか!」

「ま、素直に祝って差し上げようかねえ。落涙さんは、二人に何か用があったのかい?」

「用と言うほどでも無いですが…、ただ、どうしても、懐かしくなってしまって。でも、宴の場でお会い出来るでしょう?その時には是非、笛を奏でてお二人を祝福したいです」


それが良い、と甘寧も凌統も頷いてくれる。
久しぶりに落涙の音を披露することが出来そうだ。
…その前に、練習をサボっていた分の感覚を取り戻すため、基礎からやり直さなくては。

小春は咲良に、助けを求めていたはずなのだが、話を聞く限りでは全く、不安要素が感じられない。
好きな人の傍で、ささやかな幸せを得て…、それでいて、どうしてあのように張り詰めた声で咲良を呼ぶ必要があったのだろうか。


(小春様…早く私に、可愛らしいお顔を見せてください…)


大粒の涙を流して別れを惜しんでくれた、心優しい少女。
再びまみえる時が来たら、何よりも先に、愛娘を紹介しよう。
小春様のお名前から、一文字頂戴して名付けたのですよ…、そう告げたなら、彼女はきっと喜んでくれるはずだから。



END

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