安らぎの在処



「ありがとうございます…甘寧さん…、そのお言葉だけで十分です。私、実は…ちょっとだけ、甘寧さんに憧れていたことがあったんですよ」

「はあ!?な、なんだよ、あんたも、俺のこと好きだったってのかよ…!」

「はい。でも、もうずっと昔のことです」


あんたも、と思わず決定的な一言を口走った甘寧は、漸く咲良の抱いていた想いを知ったのだろうか、珍しくも動揺し、照れたように鼻先をこすっている。
見た目とは裏腹な甘寧の純真さを垣間見て、咲良は申し訳ないと思いつつ、苦笑した。

あの時、勇気を出して想いを伝えていれば、咲良は甘寧を愛していたかもしれない。
それほどに、女の心は不安定なものである。
咲良は周泰を愛し、子宝に恵まれた。
それでいて、新たに甘寧を愛することは不義だが、恋人にはならなくとも、甘寧はずっと、大切な友達なのだ。


「ちっ…俺はいつも出遅れるんだな。なあ落涙、もうちっとだけ、俺の邸に居てくれよ。少しぐらいあんたを独占したって良いだろ」

「はあ…甘寧、我が儘はほどほどにしろっての。まあ、気持ちは分かるけどね。落涙さん、夢ぐらいみせてやってくれるかい?俺も出来るだけ顔を出すからさ」

「はい、私もまだ心の準備が出来ていないので…娘共々、宜しくお願いします」


凌統が協力してくれるのならば、心強い。
暫し、身を隠しながらの生活をすることになるが、幼い千春に事実を受け入れさせるには、良い環境なのかもしれない。
なんたって千春は甘寧に恋をしているのだ。
辛いことがあっても、好きな人が傍に居てくれたら、頑張ろうと思えるはずだ。


(そう言えば…陸遜様って、どうしているのかな)


甘寧は陸遜と凌統に相談する、と言っていた。
しんと静まり返った真夜中ではあったが、咲良が帰還したことを知ったなら、彼ならきっと会いに来てくれたはずだ。

今回、咲良を再び無双の世界に呼び寄せたのは、恐らく、小春なのだろう。
落涙の名を呼ぶ、悲痛な声を聞いたのだ。
もしかしたら、咲良の身に起きた異変について、何か知っているやもしれない。


「甘寧さん…、陸遜様と小春様は、今、どうなされているかご存知ですか?」

「陸遜?ああ、凌統のところに行く前に陸遜の邸を訪ねたんだが、あいつここ最近、留守にしているらしいぜ。めっきり顔を見なくなったな」

「おい甘寧、あんたって本当に人の話を聞いていないんだな。軍師殿は小春様を連れて実家に帰っているんだ。婚儀の準備を進めるためにさ」


呆れたように甘寧に突っ込む、凌統の言葉は唐突だったが、意味を理解した咲良は息が止まりそうなほどに驚いた。
甘寧もあんぐりと口を開け、咲良以上に驚愕しているようだった。
凌統はいよいよ深く溜め息を漏らし、甘寧のいい加減さに頭を抱えてみせた。


 

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