安らぎの在処



「それで、落涙さんはどうしたいんだい?」

「私は……」

「俺は早く殿に知らせるべきだと思うけどね。あんたが此処に身を隠していることが知れたら、とち狂った甘寧が監禁していた、と疑われかねないだろ?」


その方がこの娘のためにもなる、と目を細めた凌統は、優しげに千春を見つめていたが、甘寧と落涙、二人の身を案じてのその発言は、咲良を更に悩ませた。

確かに、このまま甘寧に甘え続けていては…、後々、迷惑をかけることとなる。
だが、すぐに出ていけるはずがなかった。
…お別れすると、決めたのだ。
深い悲しみに耐えながら、強い想いを胸の内に閉じ込めたと言うのに。
それなのに、どんな顔をして会えば良い。
きっと、周泰は受け入れてくれる。
彼から与えられた大きな愛は、いつもいつも、優しかったから。


「少しだけ、一緒に居ることが出来たとしても、また、お別れすることになったら…、私には、きっと耐えられないでしょう…」

「落涙さん…」

「……、」


咲良は俯き、じわりと滲んだ涙を拭う。
母となっても、相変わらずの泣き虫だ。
また、あんな辛い想いをするぐらいなら、このまま、顔を合わせない方が良いのかもしれない。

凌統も甘寧も、かける言葉を失っていた。
咲良が背負うものは、誰にも想像が出来ないほどに重かったのだ。

遠呂智のために子守歌を奏で、咲良は奏者としての役目を果たし終えた。
血を吐く思いで、命懸けで演奏をした。
しかし、最終的には逃げるようにして、死を免れるために現代へと帰ったのに、どうして、こんなにも簡単に、戻ってきてしまったのだろう。


「俺は、あんたが良いって言うなら、このままでも構わないぜ。誰も知り合いが居ない所に邸を建てて、あんたと千春を養ってやる」

「また、無茶を言う…甘寧、気持ちは分かるけどさ、それで落涙さんが幸せになれると思っているのか?」

「落涙が耐えられないって言ってんだよ。だったら俺が、今度こそ…」


甘寧の言葉はどこまでも優しく、そして悲しかった。
私は大切な友人に、なんと愚かな行いをさせようとしているのだろう。
そんなことをさせては、孫呉に甘寧あり…とまでいわしめた彼の名に、傷を付けてしまう。

自分のことは、自分で決めなければ。
いつまでも、泣き虫の子供ではいられないのだから。
甘寧の言葉に胸を打たれた咲良は、涙を拭って、精一杯の笑顔を見せた。


 

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