安らぎの在処



漆黒の闇に包まれた空には、数多の星が輝いている。
現代ではなかなかお目にかかれない、信じられないほどに美しい夜空と共に、久方振りに目にしたもう一つの故郷は、戦火の名残こそ見られたが、記憶とほとんど変わらなかった。
当然だろう、咲良にとっては五年ぶりでも、実際はまだひと月しか過ぎていないのだから。


「落涙、手ぇ貸しな」

「は、はいっ」


片腕で千春を抱く甘寧が、咲良に手を差し出す。
船を下りてから、建業までは馬車に乗って移動をしたが、数日の旅も幼い千春には堪えたようで、今も甘寧に抱き付いて熟睡してしまっている。
甘寧に導かれて馬車を下りた咲良は、顔がすっぽりと覆える程のフードを被っていた。
此処で正体を知られては騒ぎになるから…と甘寧が用意したものだ。

目の前にそびえ立つのは、かつて咲良も暮らしていた建業城である。
甘寧は城内の邸に咲良を連れ、これからのことを相談するつもりなのだと言う。
すぐにでも孫権に謁見することも出来るはずだが、先のことを思い悩む咲良以上に、甘寧は謁見を拒んでいた。


「疲れたか?揺れてゆっくり眠れなかっただろ」

「ありがとうございます…私は大丈夫です。千春も、最初ははしゃいでいたんですけど…」

「構わねえよ。千春は寝かせておくとして、あんたにはもう少し付き合ってもらうぜ」


手を繋がれたまま、甘寧の邸に向かった。
名高い将軍である甘寧に与えられた邸は広く、相当立派なものである。
彼に仕える使用人達は、甘寧に連れられた女を新たな妾か何かと勘違いしたようだが、腕に抱かれた子供の姿を見ると、皆して同じように首を傾げていた。

甘寧の私室に隣接されているという、小さな一室に案内される。
千春を寝台に下ろした甘寧は、咲良に暫し待つように言うと、部屋を出ていってしまった。


(本当に…帰ってきたんだね…)


咲良は気持ちよさそうに眠る千春の髪を撫でながら、小さく溜め息を漏らした。
これから、どうなってしまうのだろう。
いつまでも甘寧の世話になる訳にもいかないが、そうなると…、やはり、周泰の元へ帰るべきなのだろうか。

会いたいのに、会いたくない。
悲しみをこらえ、あれほど辛い想いをしたのに、再び別れの時を迎えることとなったら…次こそ、耐えられるか分からない。
父親を知らずに育った千春に、苦しい想いをさせたくなかった。


(…なんてね。そんなの、言い訳だけど…。辛い想いをしたくないのは、私自身だよ…)


ふっ、と自嘲する。
あれから五年が過ぎたと言うのに、ちっとも成長していないではないか。
あの日のまま、ただの少女でいられたら。
好きな人に抱きしめられて、幸せなあたたかさに微睡んでいられたら…どれほど気が楽だっただろうか。


 

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