迷い込む花びら



「私はもう、子供じゃありません。一人の子の、母親なんですよ…?」

「俺はそれでも良い。みすみすあんたを建業に連れ帰るなんて真っ平だ。このまま閉じ込めて、俺のものにしたって…」

「おにいちゃん…?」


不意を打って千春に呼び掛けられた甘寧は、大袈裟にびくりと肩を震わせる。
数回瞬きをして、やっと意識を覚醒させた千春は、ぎゅうっと甘寧にしがみついた。
そして、誰も予想しなかったとんでもない発言をする。


「千春、おにいちゃんのことがすきなの」

「なっ!?なんだって…?」

「千春ね、おにいちゃんのおよめさんになりたい!」


一目惚れ…とでも言うのだろうか。
窮地を救ってくれた甘寧が、千春の瞳には王子様のように映ったのかもしれない。
長年大事にしていた鈴を与えた本人と言うこともあり、幼いながら運命的なものも感じたのではないか。

出会ったばかりの幼子に求婚されてしまった甘寧は、あんぐりと口を開けていたが…、腕に抱いた千春の頭に手を置き、くしゃくしゃと黒髪を撫でた。


「ったく…マセてやがるぜ。十年待ってやる。あんたが其処に居る母さんより美人になったら、嫁にしてやるよ」

「やったぁ!千春、がんばるね!」


裏表の無い千春の満面の笑みを受け、甘寧は適当にあしらうことも出来ずに苦笑するばかりだったが、咲良は場の空気を和らげてくれた娘に感謝をした。
甘寧は粗野に見えて純粋な男である。
もし本当に、この人が娘を…なんて想像すると少し不安にもなるが、千春の笑顔を見ていたら、受け入れても良いような気がしてきた。


「取り敢えず、あんたらを俺の邸に匿うことにする。おっさん…には気を使わせたくねえから、陸遜と凌統に意見を求めて、殿へ報告するかを決めるが、異論はねぇな?」

「ご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします」

「何だよ、嬉しそうじゃねえか」


これほど複雑な状況にありながら、笑みを浮かべることが出来る咲良を意外に感じたようだ。
呂蒙への気遣いもそうだが、甘寧の口から自然と"凌統"の名が出たのだ。
二人の信頼関係が今も生きていることが、咲良は嬉しかった。

陸遜や凌統に会うことは、楽しみである。
二人ともに、大事な友人だったから。
だが…、最も求めていたはずの周泰に会うことだけが、怖かった。


(私をこっちに呼んだのは…小春様なのかな…?だとしたら、私は役目を果たしたら…また…)


かつての仲間達と再会したとしても、またも悲しい別れの日を迎えることになる。
千春を周泰に、父親に会わせたとしても、再び離れ離れになるぐらいなら、いっそ、顔を合わせない方が良いのではないか。


(悠生…、私…帰ってきたよ…でも、どうしたら良いのか、分からないよ…)


誰も知らないところで、咲良の心は揺れていた。
強く生きているはずの悠生を想うけれど、遠すぎて、この心の声は届かない。



END

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