迷い込む花びら



「やだ…千春…どうしよう…!」


いつもは赤みを帯びているはずの頬は青ざめ、小さな指先は冷たくなっていく。
それなのに、瞬きすらせずに、千春は痙攣するかのように震えているのだ。
平和な世に生まれ育った幼い子供に、このような悲惨な現実を、耐え切れるはずがなかった。


「甘寧さんっ…助けて…!」

「どうした落涙!大丈夫だ、奴らはもう二度と此処には近付かねえ」

「千春がっ…凄く、苦しそうなんです…どうしたら良いの…!」


賊をこれでもかと痛めつけ、咲良の声を聞きつけ傍へと膝を突いた甘寧だが、咲良の腕の中で震える娘を見て眉を潜めた。
酷い状況だと感じたのだろう、だが、彼はしっかりと咲良の目を見つめて言った。


「まずは落ち着け。あんたがそんなんじゃあ、このガキも安心できねえだろうが」

「で、でも…わたしっ…」

「大丈夫だ。俺が居る。…今度こそ、守ってやるから」


両肩に手を置かれた時、咲良は我に返り、改めて甘寧を見つめた。
怖いぐらいに、真剣な目をしているのだ。
澄んだ瞳に飲み込まれてしまいそうで…だけど、どれだけ時が流れても、甘寧は何も変わっていない。
咲良はぎこちなくだが、笑みを浮かべることができた。

そして、未だ震え続ける娘に向かい合う。
千春の瞳は焦点が合っておらず、痛々しいほどに唇が青くなっている。
だが、咲良は笑って見せた。
母親が泣いていては、娘の不安をぬぐい去ることなんて出来ないのだ。
千春の手を握り、にっこりと微笑む。


「ねえ、千春…このお兄ちゃんね、鈴の甘寧さんって言うお名前なの。千春の鈴もね、お兄ちゃんに貰ったの」

「千春の…すず…」

「そう。お兄ちゃんはすごく強いんだよ。だからね、千春のことも守ってくれる」


足元に転がっていた鈴を見せ、咲良は鈴と甘寧の繋がりを千春に教える。
赤ちゃんの頃から甘寧の鈴で遊ばせていたのだ、千春にとっても、大切なものである。
震えるばかりだった千春の瞳に、初めて光が戻った。

手渡された鈴と咲良を交互に見つめ、そして最後に甘寧を視界に入れた千春。

甘寧もまた身を屈め、千春に視線を合わせ、怯えさせないようにと慎重に、幼い娘の髪を撫でてやった。
初めはびくっと肩を震わせた千春も、甘寧の優しい手つきに、少しずつ安心感を覚えてきたのだろう。
なかなか嗚咽はおさまらないが、千春はぺこっと頭を下げ、たどたどしく「ありがとうございました」と口にした。
咲良に散々お兄ちゃん扱いされた甘寧は、些か照れたように鼻を擦っていたが、悪い気はしないようだ。


 

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