姫様のお散歩
「じゃあねー」
悲鳴をあげ、一目散に逃げ出す間抜けな男達を見送る、誰かさん。
オレはと言えば、仰向けに倒れたまま、いまだ空を見上げていた。
安心して気が抜けたのか、抜けたのは腰か。
「へぇ…珍しい。泣けたんだね」
「あ、ぁ、う…」
「何を……、」
「こ、怖かった…」
こんなこと、勿論、生まれて初めての経験だった。
たった17年の生涯を強姦で終えることになったら死んでも死に切れない。
手を引っ張られた勢いで、思わずその人にしがみついてしまった、けど……
「うわっ!すす…すみません!!ごめんなさい!!」
「……?」
知らない人に抱きついていたと認識したオレは、慌てて身体を離し、言い訳をしようと口をパクパクさせていた。
だけど、喉元まで出ていた弁解の言葉を飲み込んでしまった。
(綺麗な、オレンジ色……)
いつの間にか空に浮かんでいた月明かりに照らされた男の派手な色の髪は、まるで夕陽の下で輝ききらめくチャーリー君のようで…
「ああっ!」
「今度は何…!?」
「良かった、無事だったんだねチャーリー君!」
再び枯れ葉の上に投げ出されていたチャーリー君を丁寧に拾い上げる。
このままじゃ間違いなく錆びる、とオレはまた違った意味で泣きそうになった。
「それ、南蛮の喇叭?」
「いいえ、チャーリー君です」
そうだ、お礼を言うのをすっかり忘れていた。
悪漢から救ってくれたのは、美形で派手なお兄さん。
顔は良いけど、変な格好だな。
迷彩柄で目立ってるけど、忍者のコスプレのつもりなのか?
こんな服装で外を出歩いていたら不審者扱いされるし、銃刀法違反で捕まるんじゃないかと、少し心配になる。
「あの、ありがとうございました」
「え?」
「貴方が来てくださらなかったらどうなっていたことか。とにかく、感謝しています!」
「……、」
誠心誠意、深々と頭を下げた。
心の底から感謝しているということを伝える。
お兄さんは暫し黙っていたけれど、凄く不思議そうにオレを眺めて、ついに、思い立ったように口を開いた。
「姫様、俺様の名前、言える?」
「えっ、あ……」
お知り合い、でしたか?
よくよく考えてみれば、お兄さんはオレを姫様と呼ぶし、この様子だと、森で迷ったお姫様を探しに来たんだろうか。
それなら名前を知らないのは非常にまずい気がする。
素直に真実を告白するべきか?
考えるまでもなく、信じる訳が無いと結論づけた。
「まさか、追われた恐怖で記憶が飛んだの?」
「……あ、はい。そう、かもです」
「……、」
そういうことにしておくのが無難かもしれない。
状況が正確に把握出来ない以上、下手に真実を話せば命が危うくなる。
このお兄さん、手裏剣の扱いも手慣れた様子だっただし、本物の姫様じゃないとバレたらどうなることか!
「名前、お兄さんの名前は?あとオ……、私の名前は…?」
「……貴女は、桜姫様だよ。俺様は…」
ああ、チャーリー君。
オレは自分の頭がおかしくなったのかと思っちゃったよ。
「俺様は、猿飛佐助」
さるとびさすけ?
それはそれは良い名前ですね!
見た目だけじゃなく、名前まで忍者だなんて……
「…あはは」
…それって、本気で言っている?
嘘でしょ、此処って…、せ、戦国時代!?
END
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