姫様のお散歩



「さあさあ、今度こそ観念していただけますな?姫様」

「姫様だって!?オレ、姫なの!?」

「散々手を煩わせてくれたな」


それこそ、獲物を見つけたクマのような目をする。
体格や運動能力で勝てるはずがないと分かっていても、男ならば暴力を受けるだけで済んだかもしれない(その刀で心臓を刺されたら終わりだけど)。

でも今は状況が違う。
身体は紛れもない女のものだ。
きっと、抵抗力の無い弱い女の子なんだ。

脳が危険だと警報を出している。
背筋に冷や汗が流れ、ゆっくりと後ずさったオレの息は笑えるほどに乱れていた。


「おや?何処へ行かれるのですか、姫様」


やばい、と思ったのも束の間、オレは身体を押し倒され男に組みしかれていた。

こんな奴ら、殴って逃げればいいのに!
抵抗しようと、足をばたつかせてもビクともしない。
気持ち悪さに鳥肌が立った。
汚らしい手が着物の隙間から中に進入しようとうごめいている。


(あ、オレ…泣いてるのか?)


いつの間にか頬を濡らしていた涙に、風が当たってひんやりと冷たかった。
涙もろいのは事実だけど、男に襲われて泣くなんて有り得ない。


(桜……桜姫?ああ、お前の涙なんだな?)


確証は無かったけど、オレは無理矢理彼女のせいにした。
でも、オレの中にあの女の子がいるような、曖昧な予感がしたのも事実だ。

だとしたら、桜は怯えている?
むしろ、怖いんじゃなくて…悔しくて泣いているの?
薄汚い男に触れられることは、女の子にとって何よりも屈辱的なことなのかもしれない。


「は、離せって!汚い手で触るな!」

「……?噂通りに口の悪い姫だな、黙ってろ!」

「うっ、ぐ…!」


口を手のひらで覆われてしまう。
息が出来なくて苦しい、酸素が足りなくて目の前が霞む。
どうしたら良いんだろう?


(泣くなよ、泣かないでくれ桜…大丈夫だから、絶対助けるからっ!!)


オレが、お前を守ってみせるから……!


「ぐあっ……」

「ひいっ!」


二人が二人して異なる叫び声をあげたのを聞く。
何事かと涙でぼやけた瞳を向けたら、スローモーションで男の肩から血が噴き出すのを見た。


「今すぐ消えな、下衆共。本来なら殺してやるところだけど、姫様の前だからね」


闇に響く低い声。
凛としたその男の声色には、身の毛がよだつぐらいの殺意が込められているように感じた。
そのあからさまな敵意が"姫"に向けられているはずはないのだろうが、オレまで硬直してしまう。


 

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