姫様のお散歩
(……寒い)
すごく寒い。
本気と書いてマジと読めるぐらいに寒い。
重い瞼を開けば、木々の隙間から、暮れかけた空が見えた。
(此処は、何処だよ…って、森!?)
がばっと起き上がり辺りを見渡せば、四方全てが緑色だった。
コンクリートジャングル手前だった、それなりに都会に住んでいたオレには無縁とも思える大自然のジャングルだ。
そして、やっぱり寒い!
自分を抱きしめるようにして少しでも暖まろうと試みる。
よく見れば、オレは制服を着ていたはずなのに、何故か着物を身につけていた。
薄汚れてはいるが、肌触りが良く、生地は高級そうだ。
それ以前に…これ、
「女物…って、え?あれ、ええええ!?」
自分で発した声に驚き、悲鳴をあげる。
声変わりなんてとうの昔に済ませていたはずなのに、口からでたのは女ような、いやまさに女の子の声だった。
そこでオレはようやく身体の異変に気がついた。
まず手のひらが小さい。
細っこい指、手首。
力を入れたらすぐ折れてしまいそうなか弱いもの。
恐る恐る胸を触ってみれば、わずかながら膨らみがある。
自分でやっておきながら、照れた。
もちろん股の間のものもなくなっているようで(怖くて確認できない)何が何でだか分からないけど女になってしまった、衝撃の事実がオレに絶望を与えた。
「どうなってるんだよ…?」
呟きは静寂に溶けていく。
問いかけに答えてくれる人は誰も居ない。
肩より長い黒髪が冷たい風に揺れた。
一瞬にしてロン毛になってしまったのか、凄いなと、他人事のような感想を抱く。
生きる希望を無くしかけたオレの目にうつったのは、ケースから放り出されたらしい、愛しのチャーリー君だった。
「うわああ!どうしちゃったのチャーリー君!?」
地面は腐った葉と土で柔らかい。
こんなところに転がっていたら錆びてしまう。
間違いなくメッキが剥がれる。
毎日時間をかけて磨いていた努力が無駄になる、とオレは飛び付く勢いでチャーリー君を抱き上げた。
「うう…チャーリー君…」
合金が冷たいチャーリー君を労るように抱き締め、泣き出しそうになった瞬間、茂みの向こうがガサガサと音を立てた。
今までが静寂に満たされすぎていたから、びくりと大袈裟に肩が跳ねた。
もしかして、クマ…とか?
得体の知れないものに対する恐怖にパニックに陥りながらも、必死に次の行動を思案する。
死んだフリをするべきか?
それともチャーリー君片手に逃げるか?
「いたぞ!早く捕まえろ!」
「!?」
現れたのは獣の類ではなく、時代劇でよく見るような衣装を着た男が二人。
腰には立派な刀をさし、にやにやと笑みを浮かべ、女になったオレを舐め回すように見ている。
目が血走っているのは演技に集中しているから……、じゃないだろう、人に出会えたからと生まれた希望はやっぱり絶望のままだった。
あれ、今…なんて言ったんだ?
捕まえろ?誰を?オレを!?
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