愛される姫様
「雪ちゃん、お願いだから顔を上げて!そんなことされたら困っちゃうから…!」
「は、はい…」
「ごめんね。理由、教えてくれない?」
指先で雪ちゃんの涙を拭うと、真っ赤になって俯かれた。
泣かせてしまったオレが言うのも変だけど、泣き顔ってあんまり好きじゃないんだ。
胸が苦しいぐらいに締め付けられるから。
子供なら、チャーリー君で人気のアニメソングなどを一曲演奏すれば泣きやんでくれることもあるけど、彼女には通用しないだろう。
「以前…、お召し替えを任された際、ひいさまが記憶を失われたことを実感し、私は戸惑い…恐れました。私のお仕えしていたひいさまとはまるで別人で…」
「え?雪ちゃんは、私に仕えていたの?」
「その通りでございます。私はひいさまの侍女でしたのに、この数日…朝のお世話を佐助様に押し付けてしまったのです」
押し付けた…って。
雪ちゃんは桜の身の回りのお世話をする人だった。
本来ならば、朝起こすのとか、着替えを手伝うのは、佐助さんではなく雪ちゃんの仕事だったのか。
桜は、彼女達にも皆と変わらない、冷たい態度で接していたようだ。
それでも、雪ちゃんは桜のことを好きでいてくれたの?
好きなのに…、彼女は記憶を無くした桜には、近付くことが出来なかったんだ(オレが上手くとけ込めていないから)。
「えっと…、ごめんね。恐がらせて…」
「ひいさまに非はございません!確かに、ひいさまは変わられました。ですが私は、嬉しかったのです…」
目を見て名を呼んでくれて、笑顔を見せてくれて。
そんなことで…喜びを感じてくれるんだ。
久しぶりに言葉を交わしただけで泣いてしまうほど、桜を慕っていた雪ちゃん。
嘘偽りのない、綺麗な涙だった。
(…桜、知ってた?お前、めちゃめちゃ愛されていたんだよ)
オレだから出来ること、じゃない。
親しみを込めて相手の名前を呼ぶことも、微笑みを浮かべることも、誰にだって出来る簡単なことだ。
だから、桜にだって出来るはずだ。
ちょっと勇気を出すだけで良いんだ。
きっと、雪ちゃんは受け入れてくれるから。
「雪ちゃん、私と友達になってください!」
「そっ、そんな!私が、ひいさまとお友達に…?」
「いろいろ気を遣うかもしれないけど、私ね…どうしても雪ちゃんと仲良くなりたいんだ。いつか記憶を取り戻した時、雪ちゃんの前で素直に笑えるように…」
桜には、女友達が必要だ。
男のオレには分からない、女の子にしか理解出来ない感情もあるだろうしな。
それに、この子はずっと桜を見ていた。
オレの知らない桜の話が、聞けるかもしれない。
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