一人きりの舞台
お屋敷から外に出て、暫く歩くと山道に入った。
絨毯のように折り重なっている枯れた紅葉を踏みしめる。
まだ鮮やかな色を保っているそれは、散ってからあまり時間が過ぎていないように思えた。
なんというか、敷地がさ、滅茶苦茶広いんだよな。
びっくりするぐらい広大だ。
屋敷があんなに大きいのに、周りに建っている家も信玄様の所有物らしいし。
桜は本当に凄い人の娘なんだな。
改めて感心してしまった。
信玄様は権力を持っていて、地位が高くて、偉い人なんだ。
「此処は武田道場。普段は修業に使われているんだけど、毎日って訳じゃないから、桜ちゃんも使っていいよ」
「…あ、ありがとうございます」
森の入り口近くに建ててあった建物は、道場?
中に入ってみると、そこは学校の体育館に構造が似ていた。
え、本当に此処を使っていいの?
体育館の中心でチャーリー君を吹く、望んではいたけど、そんな機会には恵まれなかった。
運動部が常に使っているから諦めてはいたんだけどな。
ここなら音も響くだろうし、チャーリー君を吹いたら気持ちが良さそうだ。
「俺様は、用事があるから戻るけど…、約束。暗くならないうちに屋敷に帰ること。あとは、森には絶対入らないこと。地盤が悪い箇所もあるし、獣が出るから」
「け、獣…!?それは怖いですね。気をつけます」
「あとは…、これ」
ふわ、と肩にかけられた羽織は、手触りが良さそうな、あたたかいもの。
そして佐助さんは、呆けているオレと、不格好に髪を飾る桃色の花の簪を見て笑い、優しく髪を撫でた。
「寒いから。体を冷やさないでね」
「…は…、はい」
「良い子だね」
佐助さんはフッと微笑んで、やっぱり足音を立てずにオレの前から消えた。
しーんとした道場に聞こえるのは、オレの吐く息と、速くなった桜の鼓動だけだ。
(……いや、反則だよ、なあ桜?あの人いちいちカッコよすぎるんだって)
マウスピースを口にあて、唇を絞めて適当に息を吹き込めば、お世辞にも綺麗とは言えない音が出る。
唇の形を調節して音階を作り、音を長くのばして…唇を慣らしていく。
寒いはずなのに、暑いんですけど…
オレ、まさか緊張していたのか?
佐助さんの顔が近くにあったから。
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