一人きりの舞台



甲斐の朝は冷え込みます。
無理なのは分かりきっているけど、火鉢以外の暖房を入れてほしい、頼むから。

オレがこの時代に来たのは11月の中旬だ。
環境的にも汚染されていないこの世界は、温暖化が進んでいないと思われるためにとても寒い。
これは良いことなんだろうけど。


「桜ちゃん、おはよう!」

「…おはようございます、佐助さん」


いやー、絶妙なタイミングを見計らっているかのようにやって来ますね、佐助さんは。
隠しカメラでも仕込んでいるんじゃないかと警戒したくなるぐらいだ。


(って、バカ…オレが疑ったって意味無いじゃん)


佐助さんに疑われている、って桜が忠告してくれたこと、否定はしないよ。
疑惑を持たれている可能性はあると思う。
桜の言っていたオレが来る前の話じゃなくって…、今のこの状況。

オレというこの世界にとっての異物、本来ならあってはならない存在。
佐助さんは凄い忍びらしいから、いずれはバレてしまうんだろうな、嘘を貫く自信は無いし。

出来ることならば、隠し通したい。
だって、未来の人間ってだけで軽蔑されて、桜にまで迷惑をかけてしまう。
第一信じてもらえるとは思えないし。
姫様の頭がおかしくなられた!なんて騒がれたら桜が可哀想すぎるよ。


「あ…そうだ。佐助さん、ひとつ、お願いを聞いてもらえませんか?」

「お願い?とりあえず、言ってみなさいな」

「はい。大きな音を出しても迷惑にならないような場所ってないでしょうか?」


桜にチャーリー君を教えているうちに、オレも思い切り曲を吹きたいとウズウズしてしまった。
毎日、それこそ授業中と睡眠食事以外の時間はチャーリー君のことを考えていたのに、これほど練習をしていないのは初めてで、正直…限界です。

オレ、チャーリー君依存症なんだ、禁断症状を起こしそうなぐらいに。


「そうだねぇ…それ、喇叭なんてこの辺りじゃほぼ知られていないし、屋敷の中ではまずいよね」

「どこでもいいんです!行き方を教えていただけたら、遠くでも…」

「だーめ。遠出は禁止」


ビシッと言われてしまった。
また行方不明になられたら困る、そういう理由だろう。
だから、いつでも目に付く所に置いていたいってのがきっと、本音だ。

でもオレ自身には家出する度胸なんかないんだよ!
あーあ、なんだか、やるせないな…逃げたってどうしようもないのに。
桜だってさ、そうだろ?


「…あそこなら、使えるかも。よし、大将に許可取ってくるね。案内してあげるよ」


…い、良い場所があるのか?
うおぉよっしゃあ!!と叫びたくなるのを頑張って押さえ込む。
こんなことなら昨日のうちにお願いをしておけばよかった!

この喜びをチャーリー君にも伝えたくて、オレは小さな机の上に置いていた光沢のあるチャーリー君のベルをそっと撫でた。


 

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