命と情の狭間で
俺様は、忍びだ。
命をかけて主を守る、そのためなら何だってする。
もし桜ちゃんが旦那や大将に少しでも殺気を向けたなら、俺様は迷わず彼女を殺すつもりだった。
二人が悲しんでも、俺様を恨んでも。
それが、忍びってものだ。
『死んだら終わるんだぞ…ばーか…』
脳裏に蘇るのは、彼女の切なげな言葉。
天井裏で、俺様は桜ちゃんの震える声を聞いた。
怖い夢を見たの?
どんな夢?誰があんたを泣かせているの?
怪しいと疑う前に、俺様は…
『佐助さんがいいんです』
『わ、私、佐助さんの髪の色が好きですっ!』
いつの間にか、調子が狂ってしまったんだよ。
あまりにも無防備で、旦那と同じ、真っ直ぐな瞳で見てくるから。
余計な情を抱くなと何度自分に言い聞かせても、桜ちゃんの笑顔を見ると、弱い自分が表に出てきてしまう。
忍びを人として扱う者は異端だ。
俺様は旦那がいるだけで十分満足だった。
でも、桜ちゃんには…、俺様を一人の人間として見てほしい。
(なんてね…俺様らしくない)
笑った顔を一度も見せてはくれなかった桜姫様が、今は惜しみなく笑顔を振りまいている事実。
記憶を失っただけで、性格や纏う雰囲気がそこまで変わるものだろうか?
そんな訳ないよねぇ…、
あの旦那でさえ、女子相手、しかも顔を合わせるだけで縮こまってしまうほど苦手としていた桜姫様を前にして、緊張しながらも、ちゃんと会話が成り立っていた。
さすがに有り得ないよ、そんなの。
間違いなく偽物だろ。
俺様に確信を持たせるなんて…馬鹿じゃないかと。
彼女を信じてはいけない。
俺様が弱さに負けるはずはない。
出来る限り優しく接して、信用させて、勝手に自滅してくれるのを待とう。
願わくば、俺様が直接手をくださなくても済みますように。
そう祈らずには、いられなかった。
END
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