さくらの序曲
「も、もしもし……?」
『……ック…ひっく…』
女のすすり泣く声に、オレの思考は停止しかける。
オレ、オカルト話は大嫌いなんだ。
男のくせにって言われるかもしれないけど、ホラー系は正直勘弁してほしい。
とは言っても、携帯電話から聞こえてくる声には全然恐ろしい感じはしなくて、無理に声を押し殺して泣いているような、ひしひしと悲しみや辛さが伝わってきた。
訳が分からないまま、こちらまで気分が沈んでくる。
「あの…どちら様ですか?」
『……死ねばいいのに』
ガーン、と擬音で表すならそんな音が頭の中で鳴り響いた。
顔も知らない女の子に死ねと言われるなんて…可愛い声で言われるとショックの度合いが倍増する気がする。
「え、えっと…切りますよ?いいですか?いいですよね…」
何度も確認するが、相手はすすり泣くだけだった。
オレが困る必要なんか無いはずなのに、どうしてか電話を切るのを迷っていた。
道歩く人達は、携帯片手にオロオロしている不審な高校生、って思っているに違いない。
こういう変な意味で注目の的にはなりたくない。
どうして良いかが分からなくて、携帯電話を持つ右手にぎゅっと力を込める。
何だっていうんだよ…、お前はオレにどうしてほしいの?
「なあ…、泣くなよ…」
泣かないで、ともう一度繰り返した。
言い聞かせるように呟いても、彼女は聞いてくれない。
…おかしいな、胸騒ぎがするんだ。
彼女の泣き声がオレの心の奥にある触れてほしくないところを容赦なくえぐってくる。
嫌だな、やめてほしい。
そんな声は聞きたくない、聞いていられない。
「泣くなってば!泣くな、桜!オレが守ってやるから、だから…っ、……ッ!?」
言いたいことは、最後まで言わせてもらえなかった。
途中だったけど、それでも思い切り恥ずかしい台詞を口にしたような気がする。
いや、そんなことより何が起きたんだ!?
肉眼で確認できないほどの閃光が弾けている。
目の前が金色の光に埋め尽くされる。
ドラマによくある展開で、この光はブレーキかけながらも止まりきれず突っ込んでくる車のフラッシュなのだろうか?
ああ、交通事故に巻き込まれたのか…とも思ったけれど、痛みは全く感じない。
まるで、太陽のようなきらめき。
人工的なものとは違うが、スポットライトに照らされたチャーリー君の色に似ている…と地味に感動してしまった。
そんなうちに、オレの意識はすうっと消えるように、どこかに飛んでいった。
天変地異?それともやっぱり事故?
真相は全く分からない。
ただ、明らかなのは…オレは一瞬、電話の女の子と妹を重ねてしまったってこと。
偶然にも二人は同じ名前だったんだ。
"さくら"…オレの妹。
だから思わず、守るだなんて口走ったのか?
ご立派なもんだ、と自嘲するだけの余裕はあった。
誰かを守るだけの力なんて、オレには無かったのに。
END
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