くしゃみの伝説
「全く…旦那は。すぐ早とちりするんだから。心配されるのは有り難いけどさ!」
「す、すまん」
「……あ」
「桜ちゃん?どうかした?」
くしゃみ…と言えば、そう、思い出したことがある。
きっと幸村様に元気を与えてみせるよ。
「幸村様、先程のお話は真実だと思います」
「桜殿!それは誠にござりますか!?」
「はい。昔語りをしているとき、聞き手がくしゃみをしたなら、そのお話は真実であるという言い伝えがあるんです!」
確か、ハンガリーではそうなんですよ(ハンガリーが舞台の組曲を聴いて得た知識だった)と続ける前に、訂正しようのない矛盾に気が付いた。
何で記憶喪失中のオレがそんなことを知っているだよ、おかしいだろ、幸村様も佐助さんもぽかんとしているじゃないか!
幸村様を元気づけたいがため自分の首を絞めることになったが、言ってしまったものは仕方がない。
「えーと…ですから…その、信玄様と謙信様は…本当に素晴らしい方々なんだって、知ることが出来て嬉しかったんです。素敵なお話をありがとうございました」
「そのようなお言葉…某には勿体ありませぬ。ですが…やはりお館様は天下一の漢にござります!!佐助のくしゃみに、感謝しなくてはならないな」
「くしゃみだけ?」
凄くわざとらしかったと思うけど、なんとか指摘されずに済んで良かった。
自分の意志を貫き通すことって思うより大変なことだろう、幸村様は将来、大物になる気がする。
次はもっと慎重に発言しよう、幸村様の笑顔を見ながら決意を固めた。
ようやく友情が芽生え始めたのに、おかしな言動を繰り返して怪しまれたら、居場所作りどころじゃないもんな。
━━━━
「桜ちゃん、ありがとうね」
「え?」
桜の部屋に向かう途中、隣を歩いていた佐助さんに突然お礼を言われた。
それが何のお礼か分からず、首を傾げる。
「桜ちゃんが庇ってくれなかったら、旦那と喧嘩しちゃいそうだったから」
「庇ったつもりは…でも、幸村様は佐助さんがくしゃみをした瞬間にはもう、それ以前のことは忘れていましたよ?」
「うん、旦那は単純だからね。だけど助かったからさ、お礼を言っておきたかったんだ」
律儀な人だ。
二人は一年や二年の付き合いじゃないんでしょ?
出会って数日のオレから見ても、これぐらいで二人の仲に亀裂が走るとは思えない。
だけど、お礼を言われて嫌な気はしないので、笑顔で応える。
佐助さんも、笑ってくれた。
(そう言えば、オレもお礼を言おうと思ってたんだっけ)
桜の花の簪のこと。
桜の代わりに、今はオレが飾らせていただきます。
「佐助さん、ありがとうございました!」と元気良く言ったら、凄く驚いたような顔をされた。
オレの気持ちが分かったか、なんてな。
END
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