姫様の夢 その2



桜はオレの言う通りにしてくれて、管の中に何度も息を吹き込んでいる。
最初は口の端から空気が漏れていたけど、徐々に近くなってきたなと思った時、


「あ…!」


出たんだよ、音が!
安定してないし、一瞬だけど、聴こえた!


「やったじゃん!オレは結構時間かかったのに!」


オレも驚いたけど、桜本人が一番驚いているみたいだった。
初めて音が出た瞬間、オレは感激して泣いたほどだ。
小学生の頃だがあの感動は今もよく覚えている。

こうしてると、桜も普通の女の子みたいだ。
今までは喜怒哀楽がはっきりしなかったけど、やっと人間らしい表情が見れたよ。


「音は人の心を表すんだって。先生が言ってた」

「そうか。だからお前の音は…納得だ」


…え、続きは?
感想を言ってくれようとしたんだよね?
言ってくれないのか?勿体ぶらないでよ、そこは秘密にしなくたっていいのに!


「私も…、音曲は嫌いではない。以前、琴を習っていた。今はやめてしまったがな」

「……!」

「何だ」


怪訝な目で見られてしまう。
それほどオレは変な顔をしていたんだろうか。
もしかしたらニヤニヤしていたのかもしれな)。

だってさ、桜が初めて自分のことを話してくれたんだよ!?
少しだけど、気を許してくれた?
チャーリー君効果かな、だったら舞い上がって喜んじゃう。


「そっか!良いねぇ!琴だったら、オレも授業でちょっとだけ弾いたことある…って、やめちゃったの?」


和服の似合う桜が琴を弾いている姿を想像してみたら…、違和感が全くないし、ピッタリすぎる。
でも勿体ないな、やめちゃったんだ。


「意味が無いと悟ったのだ。私の音など、誰の心にも響かない」

「そんなこと…」

「…ない、とは言い切れないだろう?お前も、屋敷の者の異様な態度を目にしたはずだ」


頷きたくはないけど、そうなんだよな。
聴き手がいなければ演奏家は演奏家でいる理由がなくなる。
それでもいいなら部屋にこもって自己満足で演奏している方がマシだろ?

桜だって、皆に聴いてほしくて、自分を見てほしくて…琴を習ったんだ。
想いを言葉にするのが苦手だから、せめて…音で気持ちを伝えようとした、のに。


「悲しかったよな、琴をやめた時」

「…随分と私を理解したような口を利くな?」

「分かる。痛いぐらい…分かるよ」


チャーリー君を手放せと言われたら…、想像するだけで胸が苦しくなる。
大好きな楽器に触れることができなくなったら、オレには何も残らないんだ。
奏という人間は、チャーリー君がいて成り立っているんだから!
言うなれば、体の一部状態なんだ。


「オレが、桜のチャーリー君になれないかな」

「意味が分からないのだが」

「あはは。言ったら怒るだろうから言わないでおく」


いつも傍にいて、勇気づけてくれる存在。
いなくてはならないもの。
桜にとってのオレが、そんな存在になれたら。

きっと、この闇から桜を連れ戻せるよ。
娘を溺愛している信玄様の元に、帰してあげれる。


「…変わった奴だな、お前は」

「よく言われる。変態は大物になるんだぜ!」


桜は呆れ顔だけど、それでもオレは嬉しくなったんだよ。
"貴様"から"お前"に呼び方が変わったんだ、たったそれだけでも前に進んだような気がする。

頑なに閉ざされた心を傷つけないように…一歩ずつ足を踏み入れていく。
いつかは近くで寄り添えることを願って。



END

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