小さな夜の歌
「私は…ここにいてもいいんでしょうか?」
「何言ってるの。あ、記憶が無いからって思い詰めちゃった?」
佐助さんはへらへら笑ってふざけているように見えるけど、今はその方がありがたい。
一緒になって落ち込まれたら、さらに気分が沈むから。
「自分が何を想っていたか、望んでいたかが分からなくって。私は…私のために何をすればいいのやら…」
こんなことを話しても困らせるだけだ。
他人に悩みを打ち明けることで心の重荷を軽くしたいだけで、結局は自分のことしか考えていないんだよ。
「桜ちゃんはどうしたいの?記憶を無くす前の桜姫様じゃなくて。今の、貴女は」
「今の、桜…?」
「全ては貴女が望むまま。…桜ちゃんが正しいと思うならそれでいいじゃない。一番よく知っているでしょ?自分のことなんだから」
いや、自分のことじゃないんですよ。
それに、桜はこの上なく分かりにくいしさ。
出会ったばかりで、まだ一度しか会話もしていなくって、オレは桜のことを何も知らない。
桜だって、オレのこと、名前さえ知らないんだ(教えてもすぐには呼んでくれない気がする)。
だけど、桜の一番近くにいるのはオレだ。
桜の本心を知ることができるのも…、体を共有しているオレだけだ。
「なんとなくだけど…、分かった気がします。佐助さん、ありがとうございました。頑張ってみますね」
「どういたしまして。お役に立てたなら光栄だよ」
桜に嫌われるかもしれない。
余計なことをするなと怒られるのは目に見える。
それでも、もうオレは逃げないよ。
桜は泣き顔も可愛かったけど、笑ったらもっと可愛いと思うんだ。
いつか、オレに微笑みかけてくれるって、信じて、頑張ってみよう。
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