無垢な少女
「感謝いたすぞ!人が通らない山道であるゆえ、わらわは不安に怯えておったのじゃ」
「簡易的な応急処置だ。早急に医師に見てもらえ」
「……。わらわは…明智玉と申しまする。お見知り置きを」
ある程度、彼女が名家の娘だろうと予想はしていたが、桜は僅かに驚いた。
明智家と言えば…、うつけ者、魔王と名高い織田信長に仕えていたはずだ。
そして、玉と名乗る少女。
死神と恐れられる明智光秀の娘だ。
「褒められたことではないな。明智の姫君よ、私が何者かも分からぬ状況で、名を明かすなど、不用心だとは思わぬか?」
「そちは悪いお人ではない…わらわには分かるのじゃ!」
人を疑わない純粋さ。
…これ以上言葉を交わせば情が移る。
桜はすぐにでもこの場を立ち去りたかったのだが、玉が目を輝かせて此方を見つめるため、逃げられなかった。
「わらわは父上と絶交し、前々から計画していた家出を実行したのじゃ」
「馬鹿者。世はそなたが思うほど甘くはない。いつか命を落とすぞ」
「だがそちが助けてくれたではないか。わらわは運が良い!そちに出会えた!」
なんとおめでたい子供だろう。
これでは知らない大人に声をかけられたら疑うこともせず、鳥の雛のように後を着いて行ってしまう。
桜は呆れ、同時に悔しくなった。
姫でありながら、無邪気に人生を楽しみ、生きる娘。
玉の目にうつる空は、濁りもなく透き通っているのだろう。
桜には到底手に入れることができなかった自由を、玉は自らの力で我が物としたのだ。
「…玉よ、そなたは国へ戻れ。力の無い者が一人旅をするのは無謀だ」
「そちも一人であろう?ならばわらわと共に旅をすれば良い!万事解決じゃ!」
「私も直に国へ帰る。長旅は好まないのでな」
「それでは致し方ない…残念だのう、折角出会えたというのに」
[ 197/198 ]
[←] [→]
[戻]
[栞を挟む]