無垢な少女



桜はふと足を止めた。

前方に、風変わりな格好の少女がうずくまっている。
鮮やかな朱鷺色の髪。
彼女の装束は南蛮の物なのか、広く放浪し続けていた桜でも見たことがなかった。


(成る程。怪我をしたのか)


遠目から見て分かるほどに、膝から血が溢れていた。
きっと石にでも躓いて転び、落ちていた矢の先端が膝に刺さってしまったのだろう。
不運だとしか言いようがない。


「……、」


手を貸すか、無視をするか。
名も知らぬ娘を助ける義理などないだろう。

すぐ結論を出した桜は、少女の脇を黙って通り過ぎようとした。
呼び止められたとしても、聞かぬふりをしてやろう。
非道かもしれぬが、無駄に関わりを持ったら後々面倒だ。


「ま…待たれよ!そこのお方、わらわに手を貸してくださらぬか?」

「……、そなたの名は?」

「わらわの名は…、その…」


口ごもる少女を見据え、桜は小さく溜め息を漏らす。
素通りするつもりだったのだが、桜は彼女の一人称を聞き、その口調に確信を得た。
高貴な雰囲気を漂わせるこの少女は、名家の娘か、もしくは自分と似たような立場…大国の姫君ではないか。

名乗ることを渋るのは、その名が世に広く知られているからだ。
正体を知られた途端命を狙われる、人質に取られる…よくあることだ。


「目を閉じていろ」

「いっ…、うぅ…」


少女の青く変色した膝には、まだ小さな刃先が埋まっていた。
他にも膝に多くの擦り傷がある。
彼女はよく転ぶらしい。

桜は丁寧にそれを引き抜き、汚れていない布を押し当て止血をした。
肉が裂けているのだから酷い痛みを感じているはずなのに。
悲鳴もあげす歯を食いしばる少女を見て、桜の方が顔を歪める。

幼く見えたが、彼女は気丈だ。
権力を奮う者の娘として恥ずかしくない、立派な振る舞いであろう。


 

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