暗闇の哀れみ



いくら、出来損ないと呼ばれようとも。
事実なのだから反論すべきではないのだが、多少苛立ってしまうのは致し方ない…半分は、人間なのだから。

少年が、桜姫を救出に来た甲斐の者達に仕掛けた現実とも変わらない高度な幻術は、神と呼ばれる者にだけ与えられた稀有な力である。
彼もまた桜姫と同じ、神の国から追放され人間に生まれ変わった神だった。


「お暇を戴けるかな。おれ、探し物をしに行きたいんだ。じゃあ」

「待ちたまえ。卿が花の女神を庇い立てするのは何故だ?どのような価値があると言うのだ」


武田の姫を庇っているつもりはない。
久秀にはそう見えているのかもしれないが、少年の想いは全く別の次元に存在している。


「価値…ね…。貴方も興味を抱いたあのカゴノトリが、お姫様を守ろうとしていたから。おれ、お姫様よりもその子に興味あるからさ。理由はそれだけ」


久秀にそう告げて駆け出した少年は、果心と名乗る居士である。

黒い空に浮かぶ銀の月を見つめながら、武田信玄公によって救われた花の女神、桜と名付けられた少女を思い、…胸を痛めた。

聡い桜姫でも、気付きはしなかった。
独りになった今、漸く理解したであろう。
そして悲しみ、恋しく思うはずだ。
短い間だが、肉体を共有した知らぬ人間。
籠の鳥、彼の存在した意味に気付いた桜はきっと、晴れ間に差す光に照らされた雨粒のように美しい涙を流すのだろう。


(お人よしな神様って不幸だ。損してばっかり!桜姫も、おれもな…)


人の子の幸せを。
自分よりも、大切な、愛した人の幸せを願ってしまう。
同じ人となった今でも、自分のために生きることが出来ない。
生きる意味を見失う。
我々を追い出した世界に、絶望する。

桜姫は能力を使い霊を慰めていたが、果心は神の力を有効活用したことがなかった。
むしろ、ほとんどが悪さや悪戯だ。

魂は気高くても、体は弱い人間のもの。
中途半端だから、出来損ない。
人々の生きる国には場違いな忌々しい力、今となっては、必要も無いのだ。
力や記憶は要らないから、ちゃんとした人間に生まれ変わりたかった。
幸せに…なりたかっただけだった。


「今からじゃ…遅いのかな」


果心と境遇が似ている桜姫。
彼女の魂は、傷付いた肉体から離れ、遠い荘厳な場所へと辿り着いた頃だろう。
桜…彼女もまた、自分より他人の心配をしているはずだ。
籠から放り出された鳥の安否を気遣って、敵から身を隠し、半減した力を回復させるための眠りにつけないのではないか。

久秀には釘を刺した。
魂だけになった彼女を狙う酔狂な者は(万物に関する属性を持つ者でなければ姿さえ見えない)まず居ないだろうが。


「さて、探し物を見付けに行きますか」


久秀の嫌みが暫く聞けなくなるのは、少々寂しい気もするけれど。

果心は闇色に染まる空を仰いだ。
まずは真っ先に、籠の鳥を捕まえに行くとしよう。
そして可能ならば言葉を交わしてみたい。
桜姫の兄となった、神と変わらぬ優しさを持つ人に。



END

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