暗闇の哀れみ



東大寺の裏に聳える林から、ごうごうと燃え盛る大仏殿を見据えるのは、まだ幾分かあどけなさが残る、黒髪の少年だった。
白銀の月を朱に見せるほど、まるで自我を持っているかのように、天高く炎が舞い上がっていた。


「…余計なことをしてくれた。卿の行動は奇怪だ。理解に苦しむ」


松永弾正久秀が、不機嫌そうに少年を睨みつけている。
その声色は恐ろしく低く、機嫌の悪い彼に出会せば、常人であれば震え上がるほどだ。
だが少年は平然と肩をすくめ、呆れたように溜息を漏らした。


「あのままお姫様を連れ出していたら、貴方はきっと殺されていたぜ。意思に反した感情の爆発は何よりも危険だ。出来損ないの神だと思って、甘く見ちゃいけないよ」

「やはり姫君は卿よりも、上か」

「久秀…貴方って本当に救いようが無いなぁ。おれが助けてやらなかったら、貴方は間違いなく死んでいたんだぞ?」


ただでさえ武田最強の武将・真田幸村とその忍び、猿飛佐助から同時に攻撃を受けそうになっていたというのに。
久秀は簡単に死ぬような男ではないが、戦乱の世を生きる武将である。
死と隣り合わせの日々を繰り返し、少年もまた、久秀の傍に居るという理由だけで何度も命を狙われてきた。
だが、まともに久秀の護衛の任を全うすることが出来る優秀な者は、他に存在しないのだ。


「元より、卿が私を見捨てはしないと、確信していたのだよ」

「そりゃあ…助けるけどさ。一応、今は貴方に仕える身だからね」


確かに、いつも久秀の言葉には嫌みが含まれているが、珍しく素直な台詞に調子を狂わされる。
これでも、信頼されているのだ。
だからこそ久秀は、死が直前まで迫っていた時に、笑みを浮かべる余裕があった。

命を預けられたからには、此方も命を懸けて、久秀を守らなくてはならない。
正式な契約を交わした訳でもないのに、彼は長く久秀の隣に居た。
二人の関係は、厳密に言えば…主と家臣、とは違うものだ。
だからと言って、友と…、呼べるような間柄でもないのだが。


「貴方はそろそろ自重した方が良い。彼女は…まずい。なにも、人の世に生きている神は彼女だけじゃないし、力が欲しいだけなら他を探せばいくらでも見つかるはずだ」

「卿のような?気まぐれで、私のような人間に尽くすほど甘い…出来損ないが」

「馬鹿か、尽くしてねぇよ。好きでやっているんだ」


嘲笑やその言葉が頭に来て、顔をしかめた少年は右足を軸にくるりと回り、背を向ける。
久秀は、駄々をこねる子供と同じだ。
珍しいもの、誰もが所持していないものを手に入れて、独り占めしたいだけなのだ(そんな久秀だからこそ、少年は傍に居ることが出来たのだが)。


「もう絶交だ。じゃなくて…縁を切ってやるからな」

「はは、卿の気紛れは慣れっこだよ」

「…分かっているならつっかかってくるなよ。大人げない人だな」


 

[ 183/198 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -