暗闇の哀れみ



「あ…これ、って…」


桜姫様は右手に、何かを握りしめていた。
固く握られた手の中にあったもの、それは、俺様が贈った簪の…爆発の際に衝撃を受けたのか、割れて壊れた桜の花の破片だった。


(何で、姫様…こんなことするなよ)


今更…今更どうにも出来ないじゃないか!
最後の時、一瞬でも笑顔を見せてくれていたなら、俺様は貴女を…愛していたかもしれないのに。


「桜姫様…、放浪ばかりしないでよね。困るんだから!俺様のこと、あんまり振り回さないでくれないかな…」


無責任だ。
甲斐の姫は桜ちゃんじゃなくて貴女だろ。
姫をやめようと思えばいつでも出来たはず、今まで何もせず引きずってきたのに、…桜ちゃんに押し付けようとしないでよ。
偽りの姫に仕立て上げられた桜ちゃんだって、桜姫様のことを想って悲しむはずだ。

姫様…あまりにも戻って来るのが遅かったら、俺様やっぱり捜しに行っちゃうから。
ちゃんと、あの日の非礼を詫びたい。細波のように揺らぐ気持ちを、うやむやにしないで。
もう一度、貴女に忠誠を誓いたいんだ。


「っ…まずいな」


気付いた時には、四方に火が回っていた。
煙を吸ってしまったようで、気分が悪い。
いつ建物が崩れてくるかも分からない危険な場所で、これ以上のんびりしている訳にはいかない。
意識の無い旦那を背負い、桜姫様を抱き、外に向かって駆け出した。



月が大地を照らす、穏やかな光。
場所を、角度を変えて見上げたそれは、黄金色ではなく、銀色に輝いていた。


(今日の俺様は失敗ばかりだよ…桜ちゃん…)


きっと桜姫様は、長い間寝たきりの生活を送ることになるのだろう。
大将に顔向けできねーや…減給じゃ済まされないかもしれないな。

先程、姫様が言った内容が真実だとすれば、桜ちゃんは魂だけの存在ということになる。
彼女は何処へ行ってしまったんだ?
もしかしたら、今も桜姫様と一緒に?

ほんっと悔しいよ…!
自分を思い切り殴ってやりたい。
俺様を信じて、待っていてくれたのにね。
ごめんね。

今度は俺様も、桜ちゃんを待つよ。
桜ちゃんは必ず帰ってくる。
俺様のためじゃなくて、桜姫様のため、かもしれないけど…、それでも良い。
もう一度、あんたの笑顔が見られるなら。



END

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