暗闇の哀れみ



「俺様も…桜ちゃんのことが…」


白い指先が、俺様の唇をつうっと撫でた。
それに反応し、じわじわと体が熱くなる。
現実には、絶対に有り得ないんだよ、姫と忍びが触れあうなんてさ。
まるで…夢を見ているようだ。
夢なら良いでしょ、言ってはいけない切なる想いを口にしたって…

俺様は完全に罠にはまってしまっていた。
それでも、この幸せな、己の欲望が叶う夢から覚めたくないと思う自分がいるんだ。


『佐助さん…』


目を閉じる桜ちゃんの細い肩を引き寄せ、誘われるままに唇を重ねようと、した、その時。
がつん!と突如、腰に激痛が走った。


「…いっ…!ちょ、何!?何なの!?」


どうやら、後ろから思い切り蹴り上げられてしまったようだ。
ぐるりと視界が反転し、盛大にすっ転んだ俺様は、勢いを失うことなく燃え盛る大仏殿を目にした。


「其処に居ったか、馬鹿者」

「ひ、姫様…?」


地に尻をついた俺様を仁王立ちで見下ろすのは、桜姫様。
俺様を殴った、いや、蹴り飛ばしたのも姫様…?
あれ、何がどうなっていたんだっけ?
かっこ悪いことに俺様は幻覚に捕らわれ、その隙に姫様は松永に連れて行かれ…てない?


「…呆れた。私を助けに来たのではなかったのか?幻に魅入られるほど、佐助、幸村様も…心が弱かったのか?」


言い返せないな…仰る通りなので。
振り返れば、真田の旦那も先程の俺様と同じように、石畳の上に倒れていた。
もしかしたら、俺様以上に激しく蹴り上げられたのかもしれない。
幸せそうな顔をしちゃって…どんな幻覚を見せられたんだか。


「この幻術は…影に潜んでいた松永の部下が見せたものだ。心の奥底に眠る幸福、など…卑劣だな。幸村様は恐らく、信玄様の上洛の日を夢見たのだろう。お前は、どうだか知らぬが」

「……、」


嘘だ、多分。
絶対にこの人は、俺様を見透かしている。
あれが、俺様の幸福?
姫様の中に存在している桜ちゃんを自分のものにすることで、俺様は、幸せを手に入れられるんだ。
…最悪だ、忍びが恋情に惑わされるなんて。


「姫様…、こんなこと聞くのは情けないし恥ずかしいんだけど、どうして此処に残っているんです?絶好の機会だったのに、松永が貴女を置いて逃げるとは…」

「はて。あやつの気紛れではないのか?」


 

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