暗闇の哀れみ
気絶する手前のように、視界全体がぼやけていた。
宙に漂っていた無数の小さな光の粒が一点に集まり、人型を作った。
『佐助さん、遅いですよ。待ちくたびれちゃいました』
「え…姫様?…桜ちゃん?」
『早く!一緒に、帰りましょうよ』
なんで?
にこにこと笑って俺様の手を引くのがあの姫様だとは思えないし…だとしたら、この子は桜ちゃん?
ぎゅっと握られた手のひらから、桜ちゃんのあたたかさが伝わってくる。
「違う…、旦那!幻覚だ!惑わされないでよ!」
冷静に考えてみれば、ボロボロに傷付いた桜ちゃんが普通に立ち上がって会話なんか出来るはずがないじゃないか。
じゃあ、この幻覚を見せているのは誰だ?
忍びなら、他を欺くために幻術やその対処法を教わるけど、こんなにも的確に相手の弱点をつき、幻を見せることなんて出来るのか?
俺様は他人に、考えを悟られるようなへまはしない。
一人の女の子に心を奪われていることも、誰にも明かさずに隠してきたんだ。
だったら、何故桜ちゃんの幻影が?
いや…幻覚…?なのに感触があるなんて、そんな高度な術を使える奴が松永の下に居たのか。
やけに現実味を帯びているんだ。
作られたもの、幻だとは思えないほど…
『佐助さん?』
ああもう!
俺様は何のために日頃から厳しい鍛錬をして、心を殺してきたんだ。
だから、忍びに感情は邪魔なんだよ。
非情でいなくちゃ、敵に隙を付かれ、命が危うくなったって、それは自業自得だ。
そんなこと、痛いほど分かっているんだけど、…桜ちゃんには手を出せない。
忍び失格だとしても、桜ちゃんの姿をした別の存在に息の根を止められたとしても、絶対に出来ない。
『あの、聞いてください。私はずっと、佐助さんのことが…』
「桜…ちゃん…」
無理、ほんと、やめてくれ。
桜ちゃんの声に絡め取られそうだ。
少し震えている肩や、緊張で潤む瞳を見たら、幻影だということも忘れてしまう。
どうしてここまで、桜ちゃんの話し方や表情、細かい仕草まで再現できちゃうかな。
敵は、姫様…桜ちゃんのことを知り尽くしている人物だというのか?
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