死の円舞曲
(桜…ごめんな…オレ、結局口だけだった。情けない…いっそ、このまま殺してほしいよ…)
弱いオレは、最低なことを考えた。
桜に生きろと訴え続けていたオレには、決して考えてはいけないことだった。
(…馬鹿なことを。私に、耳が痛くなるほど諦めるなと言ったのは、お前ではないか)
だって、だってさ。
もうどうしようもないじゃないか。
拷問されるのも、覚悟はしていたよ。
でも経験したことがないから想像でしかなくて、実際に体験したらそれは思った以上に恐ろいものだった。
指を一本ずつ切り落とされるとか、血を絞られるよりはマシかもしれない。
だけど、オレは…守りきれなかった。
傷付くのがオレだけなら、良かったのに。
もう…二度と、桜は好きな人の笑顔を見ることも出来なくなってしまうんだ。
(もう泣くな…奏…)
(えっ、桜…!?今、オレの名前を…)
光を失った瞳から溢れる、あたたかい涙。
桜が初めてオレの名前を呼んだ。
こんなときだけど嬉しくて、でも、嬉しいのに痛くて…泣いているのはオレだけだということに気が付かなかった。
(あれ…桜…元に戻っちゃった、の?)
(すまぬが、言わせてもらおう。必ずもう一度会いに来い。決して死ぬな。私も生きながらえると誓おう。私を救えるのは兄である奏だけだ)
(やめろよ!そんな…遺言みたいなこと言うなよ!)
ぱっと視界が広がる。
ここは見慣れた夢の中の偽造宇宙空間だ。
オレはいつもの学ランを着て(異空間だからか)普通に両目も機能している。
彼女の手にはチャーリー君が輝き…、オレの目の前には微笑む桜が佇んでいた。
その笑顔は、凄く綺麗だった。
愛らしく舞い踊り、儚く散る、桜のようで。
…切なくて、胸が苦しくて、子供みたいに泣き喚いてしまいそうだ。
(血は繋がらなくとも、私の兄だと思うならば、妹の願いを聞いてくれ)
(桜…)
(必ず、戻ってこい。私の元へ。さすれば佐助はお前に譲ってやろう)
(はは…まだ言う…?でも、オレは…)
オレ…やっぱり佐助さんのこと…
今、それを言うべきではないと、喉元まで出かけていた言葉を飲み込む。
桜はオレよりずっと大人なんだ。
オレの気持ちを、間違った感情を…尊いものと考えてくれる。
(時間が惜しい。さて、私から、餞の旋律を贈ろう。拙いが、許してくれるな?)
(……!)
桜が、チャーリー君のマウスピースに口を付ける。
そして、桜の奏でたチャーリー君の歌声は…オレが教えた【ハトと少年】だった。
練習したのもたった数回なのに、もうこんなに…上手に吹けるようになったんだな。
(凄い…凄いよ桜!最高だった!)
(ふっ、当然であろう?)
オレ一人の拍手じゃ全然足りない。
本当に、綺麗だった。
一分にも満たない短い曲だけど、桜との沢山の思い出が詰まっている、オレ達の大切なメロディ。
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